不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語

菱沼あゆ

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浮気相手のちょっとした秘密

あのカピバラめっ!

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 遥人は仕事をしながら、珍しくよそ事を考えていた。

 あのカピバラめ、カピバラのくせに、浮気をするとはどういうことだ。

 だが……、とペンを置く。

 いつまでも今のままで居られるわけもない。

 自分が梨花と結婚すれば、那智もまた、誰かと結婚してしまうだろう。

 俺の菩提を弔うとか抜かしていたが、俺や坂上亮太に対するあの流されっぷりでは、よくわからない。

 ぼんやりしている間に、誰かに婚姻届に勝手に判を押されてそうだ。

 あの桜田も気になる。

 母親の恋人なら、那智にとっては、父親のポジションのはずだが、年が近すぎるし。

 母親と一緒に現れるのを見たことがない。

 もしかして、母親の方とはもう別れているのでは。

 遥人はペンを投げた。

 仕事に身が入らない。

 あんなカピバラ、相手にするんじゃなかった。

 そう思いながら、後ろを向き、窓の外を見る。

 梨花に出会って、ようやく一気に事が成し遂げられると思ったのに、まさか、こんなことになるとは。

 だが、今も心が安らぐのは、ただ、那智と居る時間を思い出したときだけだ。

『なにやってるんですかっ。
 私、初めてだったのにっ』

 泣きわめく那智の顔を思い出し、笑ってしまう。

 亮太にキスされたと言ったことは、ショックだったし、腹も立ったが、那智が自分の方にキスして欲しかったらしいことは心の底から嬉しかった。

 初めて那智と夜を共にした日。

 あどけない顔で寝こけている那智は、色気というものからは程遠かったけれど。

 その表情を見ているだけで、笑みがこぼれた。

 俺の間抜けなシェヘラザード。
 なにも語らなくても、お前が側に居るだけで、俺は安心して眠れるよ。

 その姿を思い出すように微笑んだとき、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」
と言うと、公子が現れる。

 まったく普段と変わりない表情で、書類を渡し、業務連絡をしたあとで、言ってくる。

「梨花さんとは別れないんですか」

「……今のところ、その予定はない」

「ほんとに男の人ってのは」

 公子は溜息まじりに愚痴のように、そう言ってきた。

 公子はそんなに年上ではないのだが、子どもが居るせいか、時折、こうして、自分までも子どもを叱るような顔でたしなめてくる。

 その感じが嫌ではなかったのだが、この問題に関しては、ちょっと困るな、と思っていた。

「私、和泉さん、好きなんですよね。
 誰の悪口も言わないし、どんな仕事を任せても、それなりにこなすし、それも機嫌よく」

 まあ、確かにいつも機嫌がいいな、と思い、笑ってしまう。

 公子はまた溜息をついた。

「和泉さんのことを考えているときは、いい顔してるんですけどね、専務」
と言って、こちらがなにか言う前に、さっさと行ってしまった。

 いい顔してる、か。

 そうなのかもしれないが、そんな道を進めるような自分ではないと知っている。

 そう思ったとき、内線電話が鳴った。

「はい」
と出たあとで、しばらく黙っていた。


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