不眠症の上司と―― 千夜一夜の物語

菱沼あゆ

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上司の秘密

王子様とカピバラ

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「……疲れた、朝から」

 那智が会社の中庭にある自動販売機で砂糖のたっぷり入ったミルクコーヒーを買っていると、
「俺はそっちの栄養ドリンクな」
と声がする。

 見ると、亮太だった。

 はいはい、亮太様、と言いながらお金を入れると、亮太は自分でボタンを押していた。

「今日はありがとう。
 助かった。

 お昼は……」

「まさか、社食ですまそうとか思ってないよな?」

 先を読んだように言われ、はは、まさか、と笑う。

「桃子も一緒に、ちゃんとおごるよ。
 亮太、なに食べたい?」
と訊いたが、

「桃子は外せ。
 ちょっと話がある」
と言ってきた。

 亮太にしては、真面目な口調だった。

「なんだかわかんないけど、わかった」

 そう言うと、ようやく少し笑い、

「なんだかわかんないけどってなんだ。
 お前、その思ってること、全部口から出すのやめろよ」
と言う。

 そのとき、
「お礼なら、俺がおごろう」
と言う声がした。

 遥人が立っていた。

 那智は他人行儀に頭を下げてみせる。

 亮太は振り返り、
「結構です」
と遥人に言った。

 いつも調子のいい奴なのに、専務に対しては妙に攻撃的なような……と思いながら眺めていた。

「じゃ、那智。
 ちょっと遠くまで行きたいから、桃子に言って、早めに出ろ」

 亮太にそう言われ、ああ、うん、と那智は答える。

 少し遠くにランチに行くときは、誰かに誤魔化してもらって、十二時より少し前に出ることがある。

 桃子には、また明日おごるかな、と思いながら、見送っていたが、亮太は振り返り言う。

「そうだ。
 桃子には俺と二人でランチに行くって、ちゃんと言っておけよ」

「え?」

「その方がたぶん、のちのち都合がいいからな」

 亮太、と呼びかけたが、部署に入っていってしまった。

 なんとなくだが、専務から離れたかったようにも見えた。

「なかなか機転の利く男だな」
と遥人が言う。

「……もしかして、私と専務が疑われないように、自分に疑いの目を向けようとしてくれてるとか?」

 亮太と二人で遠くまでランチに出かけるから、桃子にはまた別の機会におごる、なんて言い方をしたら、桃子は亮太と自分との仲を疑いそうだし。

 彼女の性格的に、つるっと誰かにしゃべってしまいそうな気がする。

 助かるような、ちょっと困るような。

 それにしても、なんでまたそこまでしてくれるんだろ、と思っていると、まだ亮太の消えたドアを見ながら、遥人が呟く。

「まあ、単にお前に気があるのかもしれないが」

「いや~、そういうんじゃないと思いますよ」

 さっき、話がある、と言ったときの口調はそんな浮ついたものではなかった。

「っていうか、専務と、ずっとここに一緒にいる方が問題ですよね。
 それじゃ」
と那智は行こうとしたが、

「別に俺がここでたまたま一緒になったお前ごときと話していても、なんの噂にもならないと思うが」
と遥人は言う。

「いつも微妙に失礼ですよね~」

 まあ確かに、王子様とカピバラでは噂にはならないか、と自分でも思わないでもなかったが。



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