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おとなりさんでなくなる日
ただいま、にゃん太郎
しおりを挟むお昼、食べすぎたから、もう夜はお茶漬けでいいね~などと話し、砂月たちはタクシーで帰った。
お好み焼き屋の前で降りると、にゃん太郎が出迎えてくれる。
足にすりすりしてきて、くすぐったくも気持ちいい。
「ただいま、にゃん太郎」
と砂月は、にゃん太郎を抱き上げた。
お好み焼き屋の明かりの下、高秀が言う。
「さっきの返事だか」
……まだ覚えてたんですか。
あのあと、戻ってきた家族と和気藹々と話したり。
タンスの裏を眺めたり。
聖司と三人で掃除して、大量の歯ブラシや歯磨き粉を引っ張り出したりしたので、もう忘れたかと思ってましたよ、と思い、そう言ったら。
「プロポーズをそう簡単に忘れるわけないだろう。
嫌なのか」
と言われる。
「あれやっぱり、プロポーズなんですね」
「嫌なのか」
「嫌じゃないですけど、不思議です。
お好み焼き屋さんでたまたま相席になっただけなんですよ? 私と高秀先生。
何故、それで仕事が決まったり、結婚が決まったりするんです」
「……人生トントン拍子に上手くいくこともあるだろうよ。
いや、俺との結婚が上手くいったうちに入るかは知らないが」
そう自虐気味に言い出す高秀に砂月は慌てて言った。
「高秀先生との結婚を嫌がる人なんていませんよっ」
「お前、今、嫌がってるじゃないか」
「嫌がってはいません。
信じがたいって思ってるだけです。
私の人生、何度も落ちたり上がったりなので。
ちょっとこの、いきなり降ってきた幸運が信じられなくて」
「幸運かどうかはわからないだろ。
結婚生活上手くいかないかもしれないし」
いや、なんてこと言うんです、と思ったとき、高秀が眉をひそめて言った。
「……確かに。
周囲の話を聞いていると、結婚して、抜群に上手くいっている家なんて、ほぼないな」
「……なに結婚する気失せるようなこと言うんですか」
「好きで結婚しても、上手くいかなくなることもあるだろう。
顔も見たくなくなるかもしれない。
こんなことなら、ただのおとなりさんの方がよかったとか思うかもしれない」
あの……私より、高秀先生の方がマイナス思考激しいみたいなんですけど、
と思ったとき、高秀が言った。
「でも――、
それでも俺はお前と結婚してみたいと思うんだ」
高秀のその言葉に、砂月も心の内を素直に語ってみる。
「先生。
私、先生のこと、好きなのかもしれません」
「久里山……」
「でも、まだお互いのこと、よく知らないし。
ちょっと不安で」
主に、自分が高秀に呆れられそうだ、という不安なのだが……。
「俺も不安だ。
正直言って、不安しかない」
……うん。
先生の方が不安そうですね。
「でも、お前は、俺がお前のことをよく知らないと思っているかもしれないが。
俺は知っているぞ。
お前はケチャップと紅茶が切れたら死ぬ」
……いや、死にはしないですけどね。
「ともかく、よく考えてみてくれ。
いきなりで悪かったから、もうちょっと待つから」
はい、と話して、その場は別れた。
うーん。
高秀先生のことは好きなんだけどなー。
なんですぐに返事できなかったんだろ。
やっぱ、不安だからかな。
先生のような人が、なんで私なんかって思っちゃうよな。
でも、返事待ってくれるって言ったし。
ゆっくり考えてみよう、と思いながら、砂月はカーテンを開けた。
窓の向こうから、高秀がこちらを見ていた。
スナイパーのような目で。
待ってないっ!
すぐに結果を求められているっ!
窓を開けると、高秀が言う。
「すまない。
愛があふれてしまったようで。
待ちきれなかった」
そんなこと、真顔で言わないでくださいっ。
やっぱり、私なんぞに何故、そんなことを言ってくれるのかと不審に思ってしまうじゃないですかっ、と砂月は赤くなる。
「一人になって、冷静に分析したところ。
そんなに感触は悪くないんじゃないかと思って。
じゃあ、この勢いで押し切った方がよかったのでは、と思ったり。
……こんなに迷うなんて、人生ではじめてのことだ。
結婚なんて勢いだと姉が言っていた。
冷静になって、先々のことを考えたらできるものではない、と従姉も言っていた。
久里山」
冷静になるな、と力強く言われる。
「また、お前にじっくり考えさせて、断られたときのパターンも考えてみた」
なんか仕事みたいですね……。
「俺を断り、別の男とお前が一緒になるとか、どうにも耐えられない気がするんだ。
犯罪者になってしまうかもしれん」
……どのような?
「宮澤さんみたいに」
宮澤さん、どのようなっ?
「離れた場所から、じっとお前を見つめてしまうかもしれない」
宮澤さん、今、何処ですかっ!?
と砂月はキョロキョロとする。
だが、マンションとの境にある暗渠の上を、ととととっと歩いているのは、にゃん太郎だけだった。
まあ、にゃん太郎の現れるところ、宮澤も現れたりするのだが。
「相席もおとなりさんだったことも。
運命だとか、運命じゃないかとお前はいろいろ言っていたが。
運命は偶然よりも必然である。
運命は性格の中にあると芥川龍之介も言っているじゃないか」
どうして、突然、芥川が出てきました?
「運命はおのれの意志がその方向性を決めるもの。
俺は俺の意思で、お前との相席とお隣さんを選んだんだ」
いいえ。
飛翔のおばちゃんが席を決め、宮澤さんがその部屋を紹介したんですよ。
あなたの運命でも、意思でもないです。
そう思いながらも、砂月は言った。
「……運命とか関係ないです。
高秀先生はいい人だと思います。
高秀先生と結婚したら、幸せになれると思います。
でも、私はこう見えて、先生を尊敬しているので。
先生が私に飽きたり、呆れたりするのが怖いです。
その確率はたぶん――、
明日、晴れになる確率より、高いですっ」
「なにを言うっ。
修行もしていない気象予報士なお前の予言なんぞ、外れるに決まっているっ!」
迷うな、そして、考えるなっ、と高秀は言う。
「今だっ」
なにがっ!?
「飛び移れそうだ、来いっ」
と高秀がその手を力強く差し出してきた。
「いやいやいやっ。
飛び移れそうではありますがっ。
怖いじゃないですかっ」
「来い」
「無理ですっ」
「必ず受け止める。
お前のすべてを――」
ありがたい感じのお言葉で、涙が出そうですが。
できれば、他のことで受け止めてください。
「やはり俺が嫌いなのか……」
と高秀は落ち込む。
「あのっ、何故、窓からっ。
玄関から入っては駄目な女なんですか、私はっ」
玄関から行きますっ、玄関からっ、と言ってしまう。
「いや、そうだな、すまん。
俺が待ちきれなかっただけなんだ」
高秀先生が、そんなセリフをっ。
テレビだったら、声だけ配信遅れて、他の人のセリフがかぶったのかと思うとこですよっ。
「迎えに行く」
「いや、すぐそこなんで」
「そこからそこの間に宮澤さんがいるかもしれないだろ」
いるのは、にゃん太郎だけですよ。
「そこからそこの間に、俺よりお前を好きなやつ――
はいないかもしれないが。
俺より強硬手段に出ようとするやつがいるかもしれないじゃないか」
迎えに行く、ともう一度、高秀は言い、ほんとうにすぐそこの距離なのに、迎えに来てくれた――。
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