お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

顔だけなら冷たそう

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「まあ、あんたよかったわねー、いい先生に拾ってもらって」

 週末、久しぶりに実家に帰った砂月は、母親にそんなことを言われた。

「ほんと。
 先生と、先生と相席にしてくれたおばちゃんに大感謝だよ」

 母親の煮物は甘辛い味付けで美味しい。

 自分が作っても似たような味になるのだが、やはり、なにかが違う気がした。

「あんた、資格とか免許ばっかりとって、全然役に立てないから、この先どうするのかと心配してたのよ」
と言う母親の横から、高校生の弟が、

「その先生って、若いの?
 イケメン?

 写真ないの?」
と訊いてくる。

「ああそう。
 見せようと思って持ってきたんだ」
とゴソゴソ鞄をやりはじめると、

「なんだよ。
 いつも写真持ち歩いてんのかよ」
と眉をひそめて弟は言う。

「お母さんに見せようと思ってたのもあるんだけど。
 泣いてる子どもがいたら、あげようかと思って」

「……泣いてる子どもが泣き止むようなイケメンなのか?」
と言う弟に財布から出した例のシールを、ほら、と見せる。

「なにこれ。
 『頑張れよ』って」

「ああ、小児科で子どもに、注射頑張ったらあげるよ~って言って見せてるシールだから」

「じゃあ、ひらがなで書けよ」

 ……言われてみれば、確かに。

「それにしても、すごいイケメンだな。
 ママさんたちが、シール欲しさに子どもに注射打たせそうだな」

「そういえば、この間、常連のおばあちゃんが、シール欲しいからって、打ったばかりの肺炎球菌をまた打とうとしたよ」

「……危険なシールだな」
と弟が言う横から、母が覗き込み、

「まあー、いい先生ねえ」
と言い出す。

 顔見ただけでわかるのか……?

「誠実そうじゃない」

「顔だけなら、ちょっと冷たそうだと思うけど」

 いや、全然冷たくはないのだが、あまり愛想がないのでそう見える。

 しかし、子どもは人の本質を見抜くのか。

 あまり笑わない高秀にみんな懐いている。

 いい先生なんだよなー、と緊迫感のある職場から離れて、改めて、砂月はそう思う。

「いや、お前の何処に緊迫感があるんだ」
と高秀には言われそうだったが。

 これでも一応、慣れない職場で緊張はしているのだ。



「実家に帰ってきたので、お土産です」

 月曜日。
 砂月は、もなかをお昼に配った。

「……この辺りで売ってるもなかに見えるが」

「はあ。
 実家近くなんで」

「ありがとう。
 だが、わざわざよかったんだぞ、お土産とか」

 いえ、なんとなく、と砂月は言った。

「このもなか、美味しいわよね。
 ありがとう、砂月ちゃん」

 酒井がそう言い、みんな、パリパリの皮のもなかを美味しく食べていたが、高秀がハッとした顔をする。

「お前、この間、親に見せるとかなんとか、おかしなことを言っていたが。
 まさか、あのシール持ってったのか」

「ええ」
と砂月は、もなかを割りながら言う。

 あんこの中に包まれた小さな餅がにゅーんと伸びる。

「すごいイケメンだと、近所のおばちゃんに大人気でした。
 今度、おかずを差し入れるからくれと言われました」

「まあ、わらしべ長者」
と酒井が笑った。
 


 もっといい写真を持っていけと言ったのにな。

 いや、別にあいつの親によく思われなくてもいいのだが。

 夜、そんなことを考えながら、高秀は窓を開ける。

 手にはビールの缶があった。

 砂月の部屋は真っ暗で。

 何処に行ったんだ、まだ寝る時間じゃないと思うが……と思いながら、砂月の部屋の窓を眺めていると、下から、あっと声がした。

 一階のファミリーが広い道に面した庭でバーベキューをしていたようだ。

 お好み焼き屋の階段下にある棚の上で寝ていたにゃん太郎を小さな男の子がつかまえようしているようだ。

 柵をよじのぼりかけている。

 それを捕まえに来たパパさんがこちらに気づいたようだった。

「すみませんっ。
 早めにやめますからっ」
と謝ってくる。

 いや……別に睨んだりとかしてなかったんだが。

 それとも、睨んでいたのだろうか、久里山の部屋の窓を。

 何処ほっつき歩いてんだと思いながら。

「いえいえ、全然気になりませんからどうぞ。
 お好み焼き屋の匂いの方がすごいくらいなんで」
と高秀は言った。

 ああ、確かに、とパパさんは苦笑いする。

「いやー、でも、僕、お好み焼きのソースの焦げる匂いが大好きなんですよねー」

「そうですか、私もです」

「でも、子どもがまだこんな感じなんで。
 鉄板危ないですし、騒ぎそうだから、買ってきて食べてるんですけどねー」

 ――そうか、それでお好み焼き屋で会わないのか。

 下に誰が住んでいるかなんて知らなかった。

 引越しの挨拶のときは留守だったから、挨拶の品を置いてきただけだし。

 それにしても、珍しくこのマンションの住人と話が弾んでしまったな、と思いながら、顔を上げたとき、目の前の窓が開いているのに気づいた。

 砂月がめちゃくちゃ話したそうにしている。

「あの、この人もお好み焼きの匂いが好きらしいです」
と砂月を手で示して言うと、

「そうなんですかー。
 美味しいですよね、ここのお好み焼きー」
とパパさんは砂月とも話していた。

 お騒がせしまして、すみません~、と言いながら、パパさんは、子どもを抱えて行ってしまった。

「いやー、いい匂いですね~。
 匂いだけで、ご飯食べられそうです」

 砂月は、ほんとうに白飯を抱えてきそうな勢いで下を見て言う。

「お好み焼きVSバーベキューですね。
 どっちが勝ちますかね?」

「戦いなのか……?」

 両方の匂いが混ざった夜の匂いを嗅ぎながら、高秀は呟く。

 まだ下を見ていた砂月がふいに顔を上げて言った。

「先生、焼肉食べにいきませんかっ?」

 肉の匂いが勝ったらしい。

「行こうか」
と高秀は笑う。

 砂月のために用意していた缶ビールと自分の分の缶ビールを冷蔵庫に戻した。
 

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