OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
8 / 8
万千湖と駿佑の日常

駿佑の日記

しおりを挟む
 

「む、無理です」

「なんでもいい。
 なにかしろ。

 俺ばっかりお前に愛を示しているようで、気に入らん」

 万千湖はすごく迷って、そっと手を伸ばすと、駿佑の頭を撫でてみた。

「……なんだ、こんなことかと思ったが。
 そうやって、強制的でなく、やさしく撫でられると嬉しいものだな」

 いやあなた、充分強制してますよ、と思いながらも、万千湖は、でしょ? と言う。

 だが、駿佑は俯いて難しい顔をした。

 えっ? やっぱり駄目でした? と万千湖が思ったとき、駿佑がボソリと言ってきた。

「……でもまあ。
 キスしてくれた方が嬉しいが」

 ええっ? と万千湖は後退する。

 駿佑は万千湖を見つめている。

「え、えーと。
 今は無理です」

「いつならできる」

 ひーっ。
 なんですかっ。

 取り立ての業者ですか、急かさないでくださいっ。

 私に借金はもうないって言ったの、あなたですよ、と身を引きながら、万千湖は、どうしていいかわからずに混乱する。

「明日か?
 あさってか?」

「ひゃ……

 100年後くらいならっ」

 つい逃げながらそう言ってしまい、怒られるかな、と思ったが、駿佑は笑って言った。

「じゃあ、100年後も一緒にいられるな」

 赤くなった万千湖の前で、駿佑は真っ暗な窓の外を、今は飛んでいないジョウビタキの姿を探すように見て呟く。

「……あいつも、冬になるたび、100年突っ込んできそうだが」



 万千湖が部屋に引き上げたあと、駿佑も戻り、日記を書いた。

 ……一日を凝縮して書いたら、一行になってしまった。

 しかも、昨日と同じだ。

 だがまあ、誰かに見せるわけではないから。

 誰にも言えない本音が書けていい。

 そう思いながら、駿佑は日記を閉じ、登山用ヘッドライトを見て、キャンドルを見た。

 どれも不評だったな。

 今夜はスタンダードに行こう、と駿佑は停電したときのために壁に備え付けてあるスタイリッシュな白い懐中電灯を手に取る。

「いや、普通に電気つけてくださいよっ」
と万千湖が叫ぶ声が聞こえた気がしたが。

 仕事と慣れない新婚生活で疲れているだろう万千湖が寝ているのなら起こしたくない。

 そう思いながら、駿佑は万千湖の家の寝室のドアを開けてみた。

 万千湖はもう眠っている。

 ……引き返すか、と思い、戻りかけたが。

 万千湖は可愛い顔で眠っている。

 ……顔だけ眺めとくか。

 万千湖が寝返りを打ち、こちらを向いた。

 ……まあ、側でそっと寝るだけならいいか。

 駿佑は万千湖の側に静かに横になる。

「……おやすみ、万千湖」

 万千湖は寝ているのだろうに、自分の声が聞こえた瞬間。

 ふいに、いい夢でも見たかのように、ふふ、と小さく微笑んだ。

 さっき、日記に書いた、今日一日を凝縮した一行を思い出しながら、駿佑は、その寝顔にそっと口づける――。



「2022.3.27

 今日はいろいろあったが、万千湖が可愛かった」

「2022.3.28

 今日は仕事が大変だったが、万千湖は可愛かった」

「2022.3.29

 今日はなんだかんだで、万千湖が可愛いかった」

「2022.3.30

 今日は……」



                   完



しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

johndo
2022.09.27 johndo

あら⁉︎
今まで主人公の周囲の人の恋のエピソードとかって、ありましたっけ?
う〜む。
パクチーに出て来た圭太と日向子は、ハッピーエンドではなかったし…。
駿佑と万千湖のその後のお話も気になりますが、瑠美の恋のお話も気になりますね!
それもお相手が、菱沼様の作品には珍しくイケメンじゃない人!(笑)

2022.09.27 菱沼あゆ

johndoさん、
確かに(^^;
イケメンじゃない人は珍しいですよね~。

そういえば、あんまりなかったですかね?
周りの人の恋のお話(⌒▽⌒)

あとちょっと頑張りますね~。

解除
johndo
2022.09.23 johndo

アッハッハッハ
駿佑と万千湖の期待を裏切らない新婚生活に、ほっこり。
もう少し覗かせてください。

2022.09.23 菱沼あゆ

johndoさん、
ありがとうございますっ(⌒▽⌒)
短いですが、頑張りますね~っ。

解除

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。