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万千湖と駿佑の日常
もう日記を見せられないわけ
しおりを挟む夜、万千湖は共有リビングで日記を眺めていた。
写真も綺麗に撮れてるし、我なから、いい出来だ。
ふふ、と万千湖が微笑んだとき、向かいのソファから駿佑が言ってきた。
「まだ書いてたのか、日記」
「はい。
もう結構行きましたよ~」
と写真やデコレーションで膨れ上がった日記を見せる。
「一日の終わりにこれ見ると、やり遂げたって感じがしますね」
その分厚さが人生の充実感な感じがして、万千湖は満足げに言う。
「……やり遂げたのは、その日一日をか。
日記を書くことか。
お前は今日、なにをやり遂げたんだ。
総務の部長になんか怒られてなかったか」
……ごちゃごちゃうるさいですよ、この人。
先生か、小姑ですか、と思っていると、
「見せてみろ」
と駿佑は、こちらに向かい、手を差し出してきた。
「えっ。
い、嫌ですよっ」
万千湖が日記を胸に抱くと、駿佑が、
「どうした、何故見せられない。
以前は嬉々として見せてくれてたじゃないかっ」
と言って日記をとろうとする。
「だ、駄目ですよっ」
頑なに万千湖が拒絶すると、駿佑は激しいショックを受けたような顔で立ち尽くす。
万千湖を見下ろし、呟いた。
「……男だな」
「は?」
「さては、何処かに誰か男がいて。
そいつのことが書いてあるんだなっ」
何処にっ?
誰がっ?
我々は新婚ですよっ?
それに、何処かに誰かがとか。
課長的にも、私に別の男の人がいるところが想像つかないから、話がそんな、ふわっとしてるんですよねっ!?
「監禁するぞっ」
と怒られ、
何故、突然、監禁……と思いながら、万千湖は仕方なく、口を割った。
「……か、課長のこととか書いてあるからですよ」
と赤くなる。
今日、課長が作ってくれたビーフシチュー、プロ級だったなとか。
課長が突然、夜食におむすびを作ってくれて嬉しかったなとか。
課長が気になっていたお菓子をサプライズで買ってきてくれて嬉しかったなとか。
この日記には、課長への愛が詰まってるから、と万千湖はぎゅっと日記を胸に抱いた。
もっとも駿佑が読んだら、
「俺への愛っ!?
食い物への愛だろうがっ」
と叫んでいたかもしれないが。
「……俺のこと?」
とその内容を知らない駿佑は眉をひそめる。
「まあ、お前、なんでもかんでもその日記に……」
と言いかけ、ハッとしたようだった。
「お前、初めてキスしたこととか。
初めての夜のこととか」
いや、そのふたつは一緒ですよ。
「なにもかも全部書いてるんじゃないだろうなっ」
「そ、そんなことありませんよっ」
書くわけないじゃないですか、恥ずかしいっ、と駿佑の手から身をよじって逃げようとしたとき、日記がすぽん、と万千湖の腕から飛んで逃げた。
あっ、と万千湖が手を伸ばしたとき、日記が開いて床に落ちた。
お菓子の写真を見た駿佑が、ホッとしたように笑う。
「なんだ。
やっぱり、くだらないことしか……」
はは、と笑ってページをめくった駿佑が、凍りつく。
小さく写った、かなり失敗した感じのジョウビタキの写真だけがあるページを見ているようだった。
……写真の写りが悪いのが気に入らないのだろうか、
と思ったとき、駿佑が日記のそのページを突きつけ、万千湖に叫んだ。
「なんで、ジョウビタキだーっ」
「ええっ!?」
「この日は、俺とお前が初めて結ばれた日だろうがっ。
俺よりジョウビタキかーっ」
「今、書くなって言ったじゃないですかーっ」
さすがに恥ずかしくてなにも書けませんでしたよーっ、と万千湖は叫ぶ。
だから、朝撮ったジョウビタキの写真だけで、この日はなにも書いていなかったのだ。
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