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夫に距離を取られています

所詮は類友

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「は? 逸人が近寄ってこないって、なんなのよ」

 お昼の営業時間が終わる間際に、静と店にやってきた日向子を芽以は店の端まで連れていった。

「それが、なんだかわからないけど、昨日から、逸人さんに妙な距離を取られてるんです」
とひそひそと話すと、厨房の逸人を見た日向子が、

「あんたが早く妊娠してるかどうかハッキリさせないから、イラついてるんじゃないの?」
と言ってくる。

 即決即断の人ですもんね……。

「でも、なんか期待が重くて。
 違ったらどうしようとか考えちゃって。

 ああ、逸人さんのじゃなくて、お義母様とかの」

 ああ、となにやら思い出すように、日向子も頷く。

「もうベビー用品一式、特注する勢いよ、あれは」

 ひーっ。

「まあ、いいじゃないの。
 まだ結婚したばっかりなんだから。

 またゆっくり頑張りなさいよ」
と肩を叩かれる。

「……でも、なにかこう、怖くて真実が確かめられないっていうのは、ちょっとわかるんだけどね」

 そう、らしくもないことを日向子は言い出した。

「夜、圭太のところに行ったらさ。
 庭の隅で、火を焚いてたのよ」

 まだやってたのか。
 暑いのに……。

「もしかして、私との結婚が嫌で、火に飛び込もうとしてるんじゃないかとか思っちゃったり」

 いや、ちっちゃな焚き火ですよね……。

「圭太が私を好きでないのは知ってるけど。

 結婚して、やってくうちに、ちゃんと夫婦になれそうなくらいには思ってくれているのか。

 それとも、私の顔を見るのも嫌なくらい、私との結婚を嫌がっているのか。

 もう、気になって、気になって、気になって」
と日向子は青ざめる。

 ……あれだけ強引に結婚しようとしたのに、実は繊細だな、日向子さん。

 っていうか、もしかして、それで圭太のことを確かめるのが怖くて、静さんと居るのだろうか。

 小声だったのだが、聞こえていたらしい静が読んでいた雑誌を置いて、こちらに来た。

「確かめればいいじゃん、二人とも。

 はい、芽以ちゃんは検査薬取って来て。

 日向子ちゃんは、圭太のところに行ってきて」

 ひーっ。
 類は友を呼ぶってほんとだな、と思う。

 所詮は親友。

 温厚そうに見える静も逸人と同じで、即決即断の人だった。

「嫌だって言ってんでしょっ、この莫迦っ」
と腕をつかまれ、日向子は叫ぶ。

「だって、そんなぐずぐず言ってるの、日向子ちゃんらしくないよ。
 君は、常に上から目線で人を罵ってないと。

 なんだか落ち着かないよ」

「ねえ、貴方の中の私ってどんなの……?」
と日向子は言うが。

 すみません。
 私の頭の中の日向子さんもそんな感じです、と芽以は心の中で詫びていた。

「静、芽以から手を離せ」

 そこで、いきなり、厨房から逸人がやってきた。

 圭太相手だと、包丁だったり、鉄製のフライパンだったりする逸人だが、友人だからか、たまたま持っていたからか、軽そうな白のミルクパンを手にしていた。

 イマイチ、凶器っぽくない。

「逸人、芽以ちゃんが、逸人に避けられてるって言ってるよ」

 此処でも、ズバッと静は逸人に訊いていた。

「そんなわけあるか。
 それより、早く手を離せ。

 俺も芽以に触らないようにしてるのに。

 芽以とお腹の子になにかあったらどうする?」

「いや、腕つかんでるだけなんだけどね……」

「お腹の子になにかあって、芽以になにかあったらどうする?」

 静の話を聞かずに、逸人は更にそう言いつのる。

「待って。
 まず、出来てるかどうか確かめようよ」

 芽以ちゃん、早く検査薬持ってきて、と言われる。

 ひーっ。
 心の準備がーっ、と思う芽以の頭の中では、親たちの顔や、特注のベビーベッドがぐるぐる回っていた。

「待ちなさいよ。
 デリカシーのない人ね」
と日向子が止めてくれる。

「日向子ちゃんも圭太に今すぐ訊いて来なよ。
 私と結婚するの、嫌なの? って」

「嫌って言うに決まってるじゃないっ!」

 今度は、ひーっ、と日向子が悲鳴を上げる。

 なんだか阿鼻叫喚だ。

 叫ぶ日向子に静が言った。

「大体、デリカシーがないのは日向子ちゃんだよ。
 圭太が好きなのに、なんで、僕につきまとうんだよ?

 僕が日向子ちゃんに本気になったらどうするの?」

 えっ、と日向子が赤くなる。

「静、日向子が好きなのか?」

 これまた、人のことなら、普段通り、ズバッと訊けるらしい逸人がそう訊いていた。

「いや、日向子ちゃん、僕の好みじゃないんだけど。
 もし、そうだったら、どうするのって言ってるんだよ」

「あんた、もう帰りなさいよーっ!」

 あくまでも淡々と語る静に、日向子がわめき出す。

 あ~……。

 もうこちらを放って、ぎゃあぎゃあ揉め始める日向子たちを見ながら、芽以は逸人に訊いてみた。

「あのー、静さんは、ほんとのところ日向子さんのこと、どう思ってるんでしょうね?」

「いや、特になにも思ってないんじゃないか?
 ああいう奴だから」
と逸人は言う。

「あの、未亡人の方とは……」

「それも、特にどうにもなっていないようだが。
 だが、静はいい奴だ。

 静に惚れる人間は多い。

 ああ見えて、静は、女に二回、男に一回、刺されかけたことがある」

 ……男?

 っていうか、それ、いい人なのでしょうかね? と芽以は思っていた。

「お前が静を好きになっても嫌だし。
 静がお前を好きになっても嫌だし」

 突然、そんなことを言い出す逸人に、芽以は、いや、それはないと思いますけど……と思う。

「お前が何事もない状態なら、突き飛ばしてでも、静の視界に入らないようにするんだが」

 いや、どのようなときでも突き飛ばさないでください……と思っている芽以に逸人は言ってきた。

「悪かった」

「え」

「なんだかお前に触るのが怖かったんだ。
 お前と居ると、強く抱きしめたくなるから。

 お前とお前のお腹の子どもにさわるんじゃないかと思って」

「逸人さん……」

「そこっ、いちゃついてないで、止めなさいよっ」
と日向子に怒鳴られた。



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