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あやしいものを見ています
焚き火……あったかいよな
しおりを挟むうーむ。
逸人さんとなら、何処へでも行けるけど。
殺気立っているお姑さんのところに、ひとりで行くのは嫌だなあ。
翌朝、また、甘城の家と揉めたらしい富美から電話がかかってきたのだ。
芽以がホールでモップを持ったまま、しばらく、甘城の話を聞いていると、逸人がキッチンから、
「芽以、そろそろ開店準備があるからと言って切れ。
俺が言おうか?」
と言ってきてくれた。
だが、ちょうど話は終わりそうだったので、目で断る。
最後まで聞いてあげた方がお義母さんもすっきりするだろうと思ったからだ。
すると、語り終えた富美が、
『そうそう芽以さん。
ちょっと京都に行ってきたから、貴女の好きな水ようかん、お土産に買ってきてるのよ。
賞味期限があるから、取りに来て』
と言い出した。
『本当は持っていってあげようと思ってたんだけど。
むしゃくしゃするからお友だち呼んじゃったの。
ああ、ご実家にもひとつあるから、持って行ってあげてね』
はっ、お気遣いありがとうございます……。
まあ、お友だちがいらっしゃるのなら、行ってからも、延々と甘城の家と日向子さんの悪口を聞かされることもあるまい。
そう思った芽以は、店の休憩時間に、ひとり相馬の家へと向かった。
逸人は夜の分の仕込みもあるし、神田川が来て、なにやら話していたからだ。
山への移転の話だろうかな、となんとなく思う。
店の近くに畑がどうとか言うのが聞こえてきた。
採れたての新鮮なパクチー。
……お客様は喜びそうですね、と思いながらも、芽以は日向子の言葉を思い出していた。
『山に行くのが嫌なら嫌って言えばいいのよ、夫婦なんだから』
うーん。
それはまあ、そうなんだけど。
でも、と思いながら、広い相馬の庭に入った芽以は、庭の片隅に暑苦しいものを見た。
この燦々と照りつける初夏の日差しの中、雑木林の近くで、焚き火をしている奴が居るのだ。
近づかなくとも、火の前にしゃがんでいる後ろ姿だけで、それが誰だかわかった。
「圭太」
と声をかけながら、側まで行くと、
「なんだ、芽以か」
と何故かスーツを着たまま焚き火をしている圭太が振り返る。
「なにしてるの?」
「いや、ちょっと用事があって、家に戻ったんだが。
ちょうど積んであった剪定した枝が程よく乾いてたんで、火をつけてみた」
何故っ!?
と思ったが、そういえば、男はやたら火をつけたがる。
女より野生に近いからなのかもれしない。
子どもの頃、圭太も逸人もこうして庭の隅でいきなり焚き火をして怒られていたものだ。
……とは言え、何故、今っ?
どう考えても、仕事をしているはずの時間にっ?
雑木林からは適度に距離があるが、火が移らないか、ちょっと不安を覚えて、周囲を見回すと、庭師のおじさんが苦笑いして、こちらを見ていた。
ちゃんとバケツに水も用意して、離れた位置でスタンバイしている。
どうもすみません、となんとなく頭を下げながら、心の中で詫びたとき、
「焚き火
あったかいよな……」
という圭太の声が聞こえてきた。
先程までは、普通に見えたのだが。
よく見れば、焚き火を見る圭太の目は、少しうつろだ。
……圭太。
今、初夏だよ。
あったかいっていうより、暑いよ……。
そう思いながらも、芽以は、頭からは日差し、正面からは炎にあぶられながら、一緒にしゃがんでいた。
ああ……、私が木のおうちのチーズになった気分だ、と思いながら。
それにしても、日向子さんからは、圭太は、今は、バリバリ仕事を頑張っていると聞いていたんだが。
なにやら、様子がおかしいけど。
やっぱり無理してるのかなあ。
そんなことを思いながら、火を見つめている圭太の横顔を眺めていたのだが、暑さのせいか、くらりと来た。
「芽以? 大丈夫か?」
と芽以の異変に気づき、圭太が訊いてくる。
「あ、ああ、ごめん。
なんか暑かったからかな」
と言いながら、芽以は目眩が治まるのを待って、立ち上がると、火から離れた。
「そういえば、お前、なんで此処に居るんだ?」
とようやくその事実に気づいたように、圭太は訊いてくる。
「いや、お義母さんにお土産取りに来てって言われて」
と言うと、
「なんだ、そうなのか。
じゃあ、そこで待ってろよ。
俺が取ってきてやるから」
と圭太は母屋より近くにある西洋風の東屋を見て言ってくれる。
「具合い悪いんだろ?」
そう。
貴様の焚き火のせいでな、と思っていたが、なんか悪いので、言わなかった。
「……ありがとう。
でも、圭太、仕事中なんじゃないの?」
「ああ、ちょっとスーツ着替えに帰ったんだった。
こっちじゃない方がいいから」
と言う圭太に、芽以は思う。
いや、今、違う理由により、それじゃない方がよくなってると思うよ。
絶対に、煙臭くなっている……。
「じゃあ、すぐに着替えて取ってくるから、そこで休んでろ」
と圭太は東屋を指差した。
「うん、ありがとう」
相変わらず、やさしいな、と思いながら、お言葉に甘えて、涼やかな風の吹く東屋で圭太を待った。
圭太が一応鎮火した焚き火は、庭師の人がちゃんと綺麗にしてくれている。
なんか……申し訳ないな、と思いながら、芽以は、それを眺めていた。
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