上 下
4 / 12
あやしいものを見ています

焚き火……あったかいよな

しおりを挟む
  
 うーむ。
 逸人さんとなら、何処へでも行けるけど。

 殺気立っているお姑さんのところに、ひとりで行くのは嫌だなあ。

 翌朝、また、甘城あまぎの家と揉めたらしい富美ふみから電話がかかってきたのだ。

 芽以がホールでモップを持ったまま、しばらく、甘城の話を聞いていると、逸人がキッチンから、

「芽以、そろそろ開店準備があるからと言って切れ。
 俺が言おうか?」
と言ってきてくれた。

 だが、ちょうど話は終わりそうだったので、目で断る。

 最後まで聞いてあげた方がお義母さんもすっきりするだろうと思ったからだ。

 すると、語り終えた富美が、

『そうそう芽以さん。
 ちょっと京都に行ってきたから、貴女の好きな水ようかん、お土産に買ってきてるのよ。

 賞味期限があるから、取りに来て』
と言い出した。

『本当は持っていってあげようと思ってたんだけど。
 むしゃくしゃするからお友だち呼んじゃったの。

 ああ、ご実家にもひとつあるから、持って行ってあげてね』

 はっ、お気遣いありがとうございます……。

 まあ、お友だちがいらっしゃるのなら、行ってからも、延々と甘城の家と日向子さんの悪口を聞かされることもあるまい。

 そう思った芽以は、店の休憩時間に、ひとり相馬そうまの家へと向かった。

 逸人は夜の分の仕込みもあるし、神田川が来て、なにやら話していたからだ。

 山への移転の話だろうかな、となんとなく思う。

 店の近くに畑がどうとか言うのが聞こえてきた。

 採れたての新鮮なパクチー。

 ……お客様は喜びそうですね、と思いながらも、芽以は日向子の言葉を思い出していた。

『山に行くのが嫌なら嫌って言えばいいのよ、夫婦なんだから』

 うーん。
 それはまあ、そうなんだけど。

 でも、と思いながら、広い相馬の庭に入った芽以は、庭の片隅に暑苦しいものを見た。

 この燦々と照りつける初夏の日差しの中、雑木林の近くで、焚き火をしている奴が居るのだ。

 近づかなくとも、火の前にしゃがんでいる後ろ姿だけで、それが誰だかわかった。

「圭太」
と声をかけながら、側まで行くと、

「なんだ、芽以か」
と何故かスーツを着たまま焚き火をしている圭太が振り返る。

「なにしてるの?」

「いや、ちょっと用事があって、家に戻ったんだが。
 ちょうど積んであった剪定せんていした枝が程よく乾いてたんで、火をつけてみた」

 何故っ!?
と思ったが、そういえば、男はやたら火をつけたがる。

 女より野生に近いからなのかもれしない。

 子どもの頃、圭太も逸人もこうして庭の隅でいきなり焚き火をして怒られていたものだ。

 ……とは言え、何故、今っ?

 どう考えても、仕事をしているはずの時間にっ?

 雑木林からは適度に距離があるが、火が移らないか、ちょっと不安を覚えて、周囲を見回すと、庭師のおじさんが苦笑いして、こちらを見ていた。

 ちゃんとバケツに水も用意して、離れた位置でスタンバイしている。

 どうもすみません、となんとなく頭を下げながら、心の中で詫びたとき、

「焚き火
 あったかいよな……」
という圭太の声が聞こえてきた。

 先程までは、普通に見えたのだが。

 よく見れば、焚き火を見る圭太の目は、少しうつろだ。

 ……圭太。

 今、初夏だよ。

 あったかいっていうより、暑いよ……。

 そう思いながらも、芽以は、頭からは日差し、正面からは炎にあぶられながら、一緒にしゃがんでいた。

 ああ……、私が木のおうちのチーズになった気分だ、と思いながら。

 それにしても、日向子さんからは、圭太は、今は、バリバリ仕事を頑張っていると聞いていたんだが。

 なにやら、様子がおかしいけど。

 やっぱり無理してるのかなあ。

 そんなことを思いながら、火を見つめている圭太の横顔を眺めていたのだが、暑さのせいか、くらりと来た。

「芽以? 大丈夫か?」
と芽以の異変に気づき、圭太が訊いてくる。

「あ、ああ、ごめん。
 なんか暑かったからかな」
と言いながら、芽以は目眩が治まるのを待って、立ち上がると、火から離れた。

「そういえば、お前、なんで此処に居るんだ?」
とようやくその事実に気づいたように、圭太は訊いてくる。

「いや、お義母さんにお土産取りに来てって言われて」
と言うと、

「なんだ、そうなのか。
 じゃあ、そこで待ってろよ。

 俺が取ってきてやるから」
と圭太は母屋より近くにある西洋風の東屋を見て言ってくれる。

「具合い悪いんだろ?」

 そう。
 貴様の焚き火のせいでな、と思っていたが、なんか悪いので、言わなかった。

「……ありがとう。
 でも、圭太、仕事中なんじゃないの?」

「ああ、ちょっとスーツ着替えに帰ったんだった。
 こっちじゃない方がいいから」
と言う圭太に、芽以は思う。

 いや、今、違う理由により、それじゃない方がよくなってると思うよ。

 絶対に、煙臭くなっている……。

「じゃあ、すぐに着替えて取ってくるから、そこで休んでろ」
と圭太は東屋を指差した。

「うん、ありがとう」

 相変わらず、やさしいな、と思いながら、お言葉に甘えて、涼やかな風の吹く東屋で圭太を待った。

 圭太が一応鎮火した焚き火は、庭師の人がちゃんと綺麗にしてくれている。

 なんか……申し訳ないな、と思いながら、芽以は、それを眺めていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 クリスマスイブの夜。  幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。 「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。  だから、お前、俺の弟と結婚しろ」  え?  すみません。  もう一度言ってください。  圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。  いや、全然待ってなかったんですけど……。  しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。  ま、待ってくださいっ。  私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。

こちら夢守市役所あやかしよろず相談課

木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ ✳︎✳︎ 三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。 第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。

陰キャの逆襲~女子3人と付き合うことになったので全員幸せにしてみせます~

中敷き裏の砂利
キャラ文芸
 罰ゲームでギャルと付き合うことになった。居合わせていた隠れビッチともノリで付き合うことになった。そんな話を部活仲間にしたらヘラヘラしながらそいつもコクって来た。    罰と、ノリと、冗談。  今まで付き合った人なんていないし、なんなら女子とサシで遊んだことなんてほとんどない俺に突然できた3人の彼女。  見くびってんじゃねえよ。俺だって男だ。かっこよくなくたって、甲斐性がなくたって、経験がなくたって、全員幸せにしてみせる。  そのためにまず……デート資金確保するべくバイト増やそっかなあ。 ※3/12カテゴリをキャラ文芸に変更致しました。アルファポリス未経験のため投稿当初キャラ文芸なるものをよくわかっておりませんでした。が、確認した所本作はたぶんキャラ文芸寄りのため変更した次第です。お気に入り登録していただいたもの好き聖人さんには混乱してしまったかもしれませんがご諒恕いただけましたら幸です。m(_ _)m

ヒツネスト

天海 愁榎
キャラ文芸
人間の想いが形となり、具現化した異形のバケモノ━━『想獣』。 彼らは、人に取り憑き、呪い、そして━━人を襲う。 「━━私と一緒に、『想獣狩り』をやらない?」 想獣を視る事ができる少年、咸木結祈の前に現れた謎の少女、ヒツネ。 二人に待ち受ける、『想い』の試練を、彼ら彼女らは越える事ができるのか!? これは、至って普通の日々。 少年少女達の、日常を描く物語。

【NL】死神先生は美化娘を乱したい。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 気ままで不遜な死神が、日々粛々と美化活動に勤しむ真顔系美少女に惹かれ、ひたすらに乱され放題になってしまう短編小説です( ´ ꒳ ` )✨✨

第三中学シリーズ番外編

和泉/Irupa-na
キャラ文芸
帝都高校に進学した見た目が女の子に見える大川君は、人生相談もかねて美人の養護教諭が在籍する保健室へと訪れる。誘惑に負け、欲望の限りを求めてしまった彼が見てしまった衝撃の事実から彼の不幸が始まった。 現在制作中、2022年無料公開予定のインディーズゲームの元小説です。 当時のままのため誤字訂正等はありません。ゲーム本編とは設定が異なります。

処理中です...