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疾走する幽霊

血のついた仏像は――

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「ところで、菜切。
 問題の血のついた仏像は何処にあるんだ?」

 救急隊員の邪魔にならないように、晴比古たちは脇によけていた。

 靴にぬめっとした泥がついてしまった。
 
 あとで流しておかないと、と思いながら、晴比古がなんとなく灯りのない奥を見ると、
「そっちです」
と菜切は言う。

「そっちにあります、仏像」

 奥の方に歩いていくと、少し洞穴が湾曲していた。

 曲がっている壁のところに、かつて、なにかあったのか、平べったい大きな石が幾つか置かれている。

 まるで祭壇のようにも見える。

 手前の一段低い石の上に、誰かが上がったのだろうか。

 今靴についているのと同じ色の土が靴の形に固まっていた。

 その足跡は、石に上って、下りている。

 晴比古はしゃがんで、懐中電灯でそれを照らしてみた。

 菜切が後ろで首を傾げている。

「この壁の前に置いておいたはずなんですけど。
 ないなあ」
と一番奥の石の上を指差す。

 今はそこには、染み出した地下水で濡れている黄土色の土壁があるだけだ。

「そうか。
 みんな祇園精舎のところで驚いて引き返していたから、此処までは来ていなかったんだな。

 ところで、この靴の跡は?」

「あ、僕のです」

「……不用意に証拠を残すなよ。
 此処に仏像置くのなら、こうして、手を伸ばしたら置けるだろ」
と晴比古は横から、壁際に向かって片手を伸ばしてみせる。

 いや、犯罪者に注意して動けと言うのも変な話だが。

 さっきの志貴と一緒で、なんとなく、こいつには忠告したくなる、と思っていた。

 それに、たまたま持田を車に乗せたせいで、事件に巻き込まれてたようなもんだからな。

 まあ、女に弱い、という弱点がなければ、もっと上手くおさめられていたのだろうが。

 そのとき、救急隊員がひそひそと話しているのが聞こえてきた。

 どうした? と思い、戻ると、警官となにか小声で打ち合わせている。

「どうかしたんすか?」

 いきなりそう訊いた俊哉に、うわっ、と年配のその警官が振り向いた。

「に、西島さんとこの……」

「今、じいちゃんの名前が聞こえた気がしたんすけど」

 あー、という顔を警官はする。

「いえ、西島先生に一応、ご連絡しておいた方がいいかと思いましてね」
と言ったあとで、

「私が連絡しておきます。
 搬送してください」
と救急隊員を振り返り、言っていた。

 彼らは頷き、意識のない男を担架に乗せて行った。

「彼は何者なんですか?」

 それを見送りながら、志貴が問うと、その和田わだという警察官は、ああ、志貴刑事、とちょっと畏まる。

 何故だろう……。
 幕田に対してはまったくそのような態度は見られないのに。

 美形には中年のオッサンも弱いのだろうか。

 和田は困った顔をしたあとで、
「実は彼はその、とある事情で、西島先生が匿っていた人なんです」
と教えてくれた。


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