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仏像は祟らない

それって探偵の醍醐味ですよね

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「ああいうのって、探偵の醍醐味ですよね」
 ラウンジで、コーヒーにミルクを入れながら、幕田がそう言ってきた。

「美女に泣きつかれて抱きしめるとか。
 刑事だったら、いろいろ問題ありますもんね。

 仕事中になにやってんだとか。
 セクハラだとか。

 そもそもみんな怖がって抱きついて来ないですもん」

「いや、志貴なら構わず抱きついてくるだろ」

 さらっと流しそうだが。

 あいつ、そういうとこ、タヌキだよな。
 嫌がらず、うまく受け流して利用してるし。

 きっと、深鈴以外、女じゃねえんだろうな、と晴比古は思った。

 深鈴が、また制服姿で血まみれの女が現れたら、ふらっと行くんじゃないかと心配していたが。

 刑事なんだから、意外と何度も見てるんじゃないだろうか、そういうの。

 ……でも、やっぱり、深鈴以外、女じゃないんだろうな。

 雨の中、血まみれで佇む深鈴、いや、天堂亮灯は、魂まで持っていかれそうな美しさだったと志貴は言う。

 外見の美しさもだが、やはり、その気迫に呑まれたんだろうな、と思っていた。

『今見たものは、言わないで――』

 自分では見ていないはずの高校生の天堂亮灯の姿が頭に浮かぶ。

 それは、この力のせいなのか、それとも――。

 ……まあ、どのみち、あの二人の間には割って入れないよな、と晴比古が渋い顔をしていると、

「でも、また事件増えちゃいましたね。
 ああ、前の事件と関連性がある事件かもしれませんが」
と幕田が言う。

「関連性はわからないが、持田を突き飛ばしたのは水村だぞ」
と言うと、幕田はコーヒーカップを手にしたまま、

「は?」
とこらちを見た。

「犯人は水村だ」

「え?
 彼女、持田さんの救急車について行っちゃいましたけどっ?」

 息の根を止めたりしませんかっ? と幕田が立ち上がる。

「大丈夫だろ。
 突き落としたのは、ほんとに、ついって感じだったからな」
と見えた映像を思い出しながら晴比古は言った。

「なんか瞬間的にすごくムカついて、肩をついたら落ちてしまった、みたいな感じだった。

 なんでムカついたのかまではわからんが」

「それで、志貴さんと深鈴さんを病院に向かわせたんですか」

「最初は深鈴にしようと思ったんだが。
 同性の方が腹を割りやすいから。

 深鈴なら、冷静に対処できるだろうしな。
 だが、やはり、なにかあったら困るから、志貴にしようと思って。

 なんで揉めてるのか知らんが、女はみんな、志貴が居ると、ぽーっとなって、浮き世のいざこざを忘れたりするだろ」

「なにかこう、綺麗な景色や美味しいもの的な感じですね」

 はは、と笑って幕田は言う。

「だから、揉め事から気をそらすように、志貴に行かせようと思ったら、深鈴が……」

『私も行きますっ』
と言い出したのだ。

『志貴がさっきの先生みたいに、彼女たちを慰めたりしたらどうしてれるんですかっ』

 いや……どうしてくれるんですかって。

「でも、そういう発想が出るってことは、意外と深鈴さん、先生が水村さんを抱いて慰めてたときも、妬いてたんだったりして」
と言う幕田に、

「ありがとう。
 希望的観測を。

 たぶん、なにやってんだ、この人、と思ってただけだよ」
と自虐的に呟いてしまう。

「持田さんが意識不明って本当ですかっ?」
 突然、そんな声がして、顔を上げると、菜切が立っていた。

「……仕事しろ、菜切」

「だって、今、お客さん此処に乗せてきたら、迎えに出てた新田さんたちがっ」

「大丈夫だ、たぶん。
 たいした高さじゃなかったし。

 今、水村がついてる」
と言うと、ほっとしたようだった。

「そうですか。
 水村さんが」

 いや、突き落としたの、その水村だけどな、と思ったが、口にはしなかった。

「菜切さんご贔屓の水村ちゃんがついてるんだから、心配いらないよねー?」
とラウンジのおばちゃんが近くのテーブルを拭きながら笑う。

「へー。
 菜切さん、水村さんがお好きなんですか。
 美人ですもんね」

「いや、お好きってわけでは……」
と菜切は少し困った顔をしている。

「でも、菜切さん、此処来たら、真っ先に水村さんに話しかけるわよね。

 持田ちゃんがいつも言ってたわよ。
 美人ばっかり、ちやほやしちゃってーって」

「あれ?
 持田さんも可愛いですよね?」
と幕田が口を挟むと、菜切は、

「え? 持田さん、可愛かったでしたっけ?」
と本気で訊き返していた。

「まあ、持田ちゃん、ちょっとうるさいけど、可愛いし、いいとこあるのにー。

 やーねえ、これだから、男って。
 影のある美人に弱いんだから」
とおばちゃんは愚痴る。

 影のある美人と聞いて、晴比古は真っ先に深鈴を思い浮かべてしまった。

 いや、『深鈴』はカラッとした女なのだが。

 深鈴の本質である『天堂亮灯』には、ぞくりとくるような影と色気がある。

 あの志貴が一撃で参っただけのことはある、と思っていた。

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