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新しい妃

完全犯罪ですわっ

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「洋蘭。
 お前の好きそうな書物を見つけたのだ。

 例の先帝が休憩するのに作った離宮にあるのだが、行ってみぬか?」

 そんな誘いを洋蘭は苑楊から受けた。

「離宮は先帝がお帰りになったので、使用されているのでは?」

「いや、皇太后のところに入り浸っているので使っていないようだ」
と苑楊は言う。

 苑楊に連れられて離宮に行くと、番をしている桂徹けいてつが罰の悪そうな顔で頭を下げた。

 苑楊が書庫に新しく入ったという本を見せてくれる。

「どうだ、この本は世界の珍しい植物が絵付きで載っておるのだ」

「へえー、歩く木とかいるのですね。
 面白いですね」
と言ったあとで洋蘭が顔を上げると、苑楊はこちらを見て微笑んでいた。

「な、なんですか……」
と照れて言うと、

「ちょっと、そなたの好みがわかってきた気がする。
 またなにか良い書物を仕入れておこう」
と言ってくれる。

 なんなのですか、その激甘な顔は、と照れながら、洋蘭は言った。

「あの、考えたのですが。
 私、やはり、妃の位はもらわぬことにします」

「何故だ。
 羊妃の名は気に入らぬのか。

 変えてもよいぞ。
 お前の好きな名にしてよい。

 牛妃でもよいぞ」

「いえ、牛妃はちょっと……」
と言ったが、

「どんな名でも、お前につけたら、なんでも可愛いらしいだろう」
と苑楊は、とんでもないことを本気の顔で言う。

「あのですね、陛下」
と洋蘭が言ったとき、

「陛下」
と桂徹呼びにきた。

「滅多に入ることのない離宮だ。
 見て回ってもよいぞ」

 そう洋蘭に言い置いて、苑楊は行ってしまう。

 はい、と頷いた洋蘭はお言葉に甘えて、離宮の中を見て歩いた。

 他の宮殿より、なにもかもが小さくまとめてあるが、趣味の良い造りの宮殿だ。

 寝転がれそうな広さの、どっしりとした金の椅子が美しい庭に向いてしつらえてある。

 その真上には宝珠を抱いた龍がいた。

 ということは、これも玉座か、と思ったとき、たたたたっと誰かが小走りに近づいてくる音がした。

 えっ? と振り向いた瞬間、洋蘭は突き飛ばされていた。


 えいっ、と洋蘭を突き飛ばしたのは、梁だった。

 ――陛下はいつ見ても、羊妃様に夢中のご様子っ。

 皇后様にメロメロと言う話もありますが。

 私は信じませんっ。

 陛下のご寵愛を一心に受けているのは、絶対に羊妃様っ。

 邪魔な羊妃様が玉座に座れば。

 皇帝にふさわしくないものということで、宝珠が落ちてきて、一巻の終わりっ。

 きっと事故ということになりますしっ。

 完全犯罪ですわっ。



「洋蘭っ」

 ちょうど戻ってきた苑楊が、洋蘭が突き飛ばされるところを目撃したようだった。

 椅子に座った洋蘭は、はっと上を見上げたが、宝珠が落ちてくることはなかった。

「大丈夫か、洋蘭っ」
と慌てて駆け寄ってきた苑楊が洋蘭を抱き寄せる。

「……玉、落ちてきませんでしたね」

「あんなもの伝説に決まってるだろう」
と言ったあとで、苑楊は梁を睨んだ。

「梁よ。
 子どもといえど、容赦はせぬぞっ」

 梁が震えたとき、

「お許しくださいっ」
と梁が消えたので追いかけてきたらしい陶妃が駆け込んできた。

「申し訳ございません、陛下っ。

 子どものしたことです。
 お見逃しくださいっ。

 陛下の寵妃様にこのようなこと……

 いえ、陛下のお心は今は皇后様にあるのかもしれませんが――」

 そう陶妃は言いかけたが、梁が横から口を挟んでくる。

「いいえっ。
 そんなことないわっ。

 陛下はいつも洋蘭様を見つめてらっしゃるわっ。

 私はいつも陛下をこっそり見ているからわかっているのよっ。

 陛下が幸せそうに見つめているのは、洋蘭様だけよ。

 この間の夜も見たの。

 打ち捨てられし宮殿のほとりで、お二人揃いの龍の衣を着て、月を見上げられてらした。

 ほんとうに、お美しかったわ」
と梁は何故か突然、褒め始める。

「ほんとうにお似合い」

 うっとりとしたように、そう言ったあとで、梁は言う。

「でも、だからこそ、洋蘭様がいらっしゃる限り、私はもう陛下の一番の妃にはなれないと思ったのよ」

「……揃いの龍の衣?」
と陶妃がそこを聞き逃さず、訊き返す。

「ええ。
 陛下と同じ美しい艶のある藍色の衣で。

 同じ龍が背に刺繍されていましたわ」

「陛下と同じ龍?」

「ええ。
 まったく同じ刺繍でしたわ」
と梁は言った。

 ……子どもって暗がりでも目がいいな、と洋蘭は苦笑いする。


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