上 下
56 / 69
新しい妃

後宮は陰謀の渦巻くところ

しおりを挟む
 
「牧歌的だろうが、なんだろうが。
 後宮は陰謀の渦巻くところ。

 牛や羊がツノで突き合うかもしれませんよ」

 闘牛のように、と言ったのは、見計らったように現れた皇太后だった。

 苑楊の父、孝怜帝をまじまじと見つめたあとで言う。

「生きていらしたのですね。
 とっくの昔に向こうで、おなごに食われたと思っていましたよ。

 子をなしたあとに」

 いやいやいや、と父は笑って言う。

「そんな気配を感じたので、逃げてきた。
 もう思いは遂げたしな。

 ところで、久しぶりに見て気づいたのだが。

 花明かめいよ、お前は美しいな」

 いきなり名前で呼ばれ、誉められた皇太后は、は? という顔をする。

「私は皇帝の位を捨ててまで、美女を求め、世界を旅していたが。
 なんと、世界一の絶世の美女は我が妻であったのだなっ」

「は?」

 皇太后は、今度は声に出して、そう言った。

「艶やかな黒髪、すべすべした白い肌。
 知性あふれる黒曜石のような瞳。

 私の求める理想の女性は、こんな身近な場所にいたのだっ」

 いや、あなた、この国を捨てて出ていったので、ここはもう身近な場所ではないですが、と苑楊は思っていたが。

「さあ、二人で愛を語らおうっ」
と父は皇后の手をとった。

「私はもう皇帝ではない。
 他の妃もいない。

 私はお前ひとりのものだ」
と皇后を見つめる。

 ……確かに妃はもういないが。
 世界中に愛人がいそうなんだが。

「これから先は、二人静かに愛を育み、暮らそうぞ」

「また、そんな上手いことを言って、騙されませんよ。
 どうせ、向こうを追い出されて、金も尽き、行くところがなくなったのでしょう」

 そんな文句を言いながらも、皇后は、ちょっと嬉しそうだった。

 まだ見ぬ世界を巡り、あちこち見聞してきた父は、さらに男ぶりを上げていたからだ。

花明かめいよ。
 さあ、私のために宴の用意でもしてくれ」
と言われた皇后は、

「まったく。
 でも、ずっとここにいたら、苑楊に迷惑をかけるわね」

 などと言い訳しながらも、

「誰か!
 私の宮殿の眺めの良い場所に宴の支度を」
と行ってしまう。

 父はそれを笑顔で見送っている。

 ……この父の恐ろしいところは、これが口から出まかせではなく、本気なところだな、と苑楊は思っていた。

 嘘偽りのない本心だからこそ、女性たちの心を揺さぶるのだろう。

 そのとき、黒い液体の入ったガラス瓶を手に洋蘭が現れた。

「洋蘭様のお越しでございます」
と入り口にいた宦官が告げる。

「陛下。
 そういえば、先日作ったインクがまだありましたので……」
と言いかけた洋蘭は父を見て驚く。

 父もまた、洋蘭を見て、喜びの声を上げた。

「おお、洋蘭ではないかっ。
 息災であったか」

「はい、陛下」
と洋蘭は頭を下げる。

「相変わらず美しいな。

 艶やかな黒髪、すべすべした白い肌。
 知性あふれる黒曜石のような瞳――」

 今、聞いたばかりなんだが、その台詞、と思う苑楊の側で、李常も、

 ええ。
 聞きましたな。

 今、まったく同じ台詞を、という顔をする。

 だが、二人とも、そこはあえて、突っ込まなかった。

 洋蘭と父が知り合いだという事実に驚いていたからだ。

 静かに二人の言葉を待つ。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ
恋愛
 ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。  一度だけ結婚式で会った桔平に、 「これもなにかの縁でしょう。  なにか困ったことがあったら言ってください」 と言ったのだが。  ついにそのときが来たようだった。 「妻が必要になった。  月末までにドバイに来てくれ」  そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。  ……私の夫はどの人ですかっ。  コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。  よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。  ちょっぴりモルディブです。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ
キャラ文芸
生贄の花嫁は、あやかしの総大将と出会い、本当の愛と生きていく喜びを知る─。 時は大正。 九桜院さちは、あやかしの総大将ぬらりひょんの元へ嫁ぐために生まれた。生贄の花嫁となるために。 幼い頃より実父と使用人に虐げられ、笑って耐えることしか知らぬさち。唯一の心のよりどころは姉の蓉子が優しくしてくれることだった。 「わたくしの代わりに、ぬらりひょん様に嫁いでくれるわね?」 疑うことを知らない無垢な娘は、ぬらりひょんの元へ嫁ぎ、驚きの言葉を発する。そのひとことが美しくも気難しい、ぬらりひょんの心をとらえてしまう。 ぬらりひょんに気に入られたさちは、得意の洋食を作り、ぬらりひょんやあやかしたちに喜ばれることとなっていく。 「こんなわたしでも、幸せを望んでも良いのですか?」 やがて生家である九桜院家に大きな秘密があることがわかり──。 不遇な少女が運命に立ち向い幸せになっていく、大正あやかし嫁入りファンタジー。 ☆表紙絵は紗倉様に描いていただきました。作中に出てくる場面を元にした主人公のイメージイラストです。 ※エブリスタと小説家になろうにも掲載しておりますが、こちらは改稿版となります。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...