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新しい妃

後宮は陰謀の渦巻くところ

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「牧歌的だろうが、なんだろうが。
 後宮は陰謀の渦巻くところ。

 牛や羊がツノで突き合うかもしれませんよ」

 闘牛のように、と言ったのは、見計らったように現れた皇太后だった。

 苑楊の父、孝怜帝をまじまじと見つめたあとで言う。

「生きていらしたのですね。
 とっくの昔に向こうで、おなごに食われたと思っていましたよ。

 子をなしたあとに」

 いやいやいや、と父は笑って言う。

「そんな気配を感じたので、逃げてきた。
 もう思いは遂げたしな。

 ところで、久しぶりに見て気づいたのだが。

 花明かめいよ、お前は美しいな」

 いきなり名前で呼ばれ、誉められた皇太后は、は? という顔をする。

「私は皇帝の位を捨ててまで、美女を求め、世界を旅していたが。
 なんと、世界一の絶世の美女は我が妻であったのだなっ」

「は?」

 皇太后は、今度は声に出して、そう言った。

「艶やかな黒髪、すべすべした白い肌。
 知性あふれる黒曜石のような瞳。

 私の求める理想の女性は、こんな身近な場所にいたのだっ」

 いや、あなた、この国を捨てて出ていったので、ここはもう身近な場所ではないですが、と苑楊は思っていたが。

「さあ、二人で愛を語らおうっ」
と父は皇后の手をとった。

「私はもう皇帝ではない。
 他の妃もいない。

 私はお前ひとりのものだ」
と皇后を見つめる。

 ……確かに妃はもういないが。
 世界中に愛人がいそうなんだが。

「これから先は、二人静かに愛を育み、暮らそうぞ」

「また、そんな上手いことを言って、騙されませんよ。
 どうせ、向こうを追い出されて、金も尽き、行くところがなくなったのでしょう」

 そんな文句を言いながらも、皇后は、ちょっと嬉しそうだった。

 まだ見ぬ世界を巡り、あちこち見聞してきた父は、さらに男ぶりを上げていたからだ。

花明かめいよ。
 さあ、私のために宴の用意でもしてくれ」
と言われた皇后は、

「まったく。
 でも、ずっとここにいたら、苑楊に迷惑をかけるわね」

 などと言い訳しながらも、

「誰か!
 私の宮殿の眺めの良い場所に宴の支度を」
と行ってしまう。

 父はそれを笑顔で見送っている。

 ……この父の恐ろしいところは、これが口から出まかせではなく、本気なところだな、と苑楊は思っていた。

 嘘偽りのない本心だからこそ、女性たちの心を揺さぶるのだろう。

 そのとき、黒い液体の入ったガラス瓶を手に洋蘭が現れた。

「洋蘭様のお越しでございます」
と入り口にいた宦官が告げる。

「陛下。
 そういえば、先日作ったインクがまだありましたので……」
と言いかけた洋蘭は父を見て驚く。

 父もまた、洋蘭を見て、喜びの声を上げた。

「おお、洋蘭ではないかっ。
 息災であったか」

「はい、陛下」
と洋蘭は頭を下げる。

「相変わらず美しいな。

 艶やかな黒髪、すべすべした白い肌。
 知性あふれる黒曜石のような瞳――」

 今、聞いたばかりなんだが、その台詞、と思う苑楊の側で、李常も、

 ええ。
 聞きましたな。

 今、まったく同じ台詞を、という顔をする。

 だが、二人とも、そこはあえて、突っ込まなかった。

 洋蘭と父が知り合いだという事実に驚いていたからだ。

 静かに二人の言葉を待つ。


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