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新しい妃
洋蘭の部屋
しおりを挟む洋蘭とともに部屋に入った苑楊が叫ぶ。
「ほんとうに散らかっておるなっ」
「だから言ったではありませんか……」
「こんな雑然とした女の部屋は初めて見たっ」
部屋の隅に箱や衣服が積み重ねてあるのを見て、苑楊がまた叫ぶ。
こんな女の部屋は初めて見たって。
どんな女の部屋なら、普段、見やがっているのですか、とちょっと口悪く思ってしまう。
苑楊は独楽鼠のように狭い部屋の中をくるくる回ったあと、
「なんだ、このたくさんのどんぐりはっ。
お前はリスかっ」
とまたまた叫んだ。
書物や巻物が積み重ねてある、古いが立派な机の上に蓋までガラスでできている、大きなガラス瓶があるのだが。
その中には、どんぐりがたくさん入っているのだ。
「それはインクにするのですよ」
「インク?」
「皇后様が使われるペンのインクです。
どんぐりで作ったインクの色が良いとご所望なので」
どんぐりをぐつぐつ煮て色を出します、と言うと、
「そうか。
どんぐりで染色をしたりするそうだから、インクも作れるな」
と苑楊は頷いた。
「今度、陛下にも差し上げましょうか?」
「ああ、ありがとう。
しかし、ちょっと面倒臭い作業なのでは?」
「そうでもないですよ。
どんぐりを火にかけてる間、みんなでおしゃべりしたりして楽しいです」
そうか、と言った苑楊は周囲を見回していたが。
今度は心配そうな顔で積まれた物を見上げる。
「こんな物置のようなところで、お前は、どうやって寝ておるのだ」
「その辺で、丸まってです」
と片隅に寄せてあるつるつるした素材の掛け布団を指差すと、
「なんとっ。
そのようなひどい扱いを受けておったのかっ」
と苑楊は嘆き出す。
「いえあの、単に、いろいろ作業しているうちに、眠くなって。
布団かぶって丸まって寝てしまうことが多いってだけで……」
最後まで聞き終わらずに、苑楊は洋蘭を抱きしめてきた。
「皇后め。
私の洋蘭をこんなところに押し込めおって。
今まで静かで良い皇后だと思っておったのに」
この人の良い皇后基準は静かかどうかなんだ……?
まあ、他が少々うるさすぎるか、
と楽しいが、かしましい妃たちを思い浮かべる。
「皇后にとっても、洋蘭は大事な影武者であろうに。
私が皇后にきつく言っておいてやる」
「いえいえ。
皇后様は良いお方ですよ。
私がここで作業したり寝たりするのが楽なだけで……」
またも話を聞かずに、苑楊は更に強く洋蘭を抱きしめて言う。
「これからは私がお前を守ってやるぞ」
いつも嗅いでいた香の良い香りが鼻先でする。
――いやいや。
皇后様は良い方ですよ。
だから、おかしな評判を振りまかないでくださいね……と言いたかったのだが。
つい、そのまま目を閉じてしまった。
なんだかんだで、ここは敵地。
ずっと心の何処かで緊張していたのが、ふっとほぐれていく感じがした。
苑楊の胸に抱かれたまま、洋蘭は呟くように言う。
「ほんとうはまだ迷っているのです」
「なにをだ?」
「あなたの妃になることをです」
「そういえば、夫がおるのだったな」
「まあ、それは大丈夫かなと……
いや、やはり、問題ですね」
洋蘭は苑楊の胸に手をやると、少し押して、彼から離れる。
「やっぱり、もう少し考えさせてください」
そう言うと、苑楊は寂しそうな顔をした。
さっき、苑楊がどんぐりなどと言ったせいで。
森で出会って仲良く遊んだリスを置いて去ってくような気持ちになる。
仲良く遊んだリス。
いや、封じられし宮殿で出会い、仲良くなったこの皇帝陛下を――。
まあ、皇帝って職業も孤独だよな。
人に隙を見せられないし。
一番近しい妻であるはずの、皇后にさえも……。
そんなことを思いながらも、洋蘭は、ぺこりと頭を下げると、苑楊より先に、その部屋を出ていった。
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