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後宮に巣くうモノ
ここで、あれを使ってみるか
しおりを挟むその頃、格子越しに師匠と向かい合い、本を読んでいた洋蘭は、チラ、と貪るように本を読んでいる師匠を見る。
勝手に太皇太后様を呼びつけたと知ったら、怒られるかなあ、と思いながら。
手元がよく見えなくなったらしく、師匠は本を見たまま、ランタンの下に移動している。
ここは牢にしては、ランタンがたくさんある。
元宮殿だからだろうと思っていたが。
もしかして、師匠が夜でも本を読めるように、太皇太后が照明器具を支給させているのかもしれないなと思った。
「師匠、太皇太后様がいきなり来られたらどうします?」
ずっと下を向いているので、聞いていないのかと思ったが、
「来るわけないじゃろう」
と師匠は答える。
「すみません。
実はこの宮殿に来てくださいと頼んでしまいました」
「……来るわけないじゃろう」
とこちらを見ないまま師匠はまた言う。
「そもそも太皇太后なんて人間が来ても、わしはそんな人間、知らんから」
素っ気なく言う師匠に、
「またそんなことを言って……」
と言いかけた洋蘭だったが。
ふん、と言った感じの師匠の横顔を見ていて気がついた。
洋蘭が笑うと、
「なんじゃっ?」
と師匠が振り向く。
「いえいえー。
お師匠様はお可愛らしいですよね、意外と」
「な、なにが可愛いんじゃっ」
「そうですね。
『太皇太后』なんて人は知りませんよね」
にまにま笑っている洋蘭に、師匠は、
「お前は破門じゃっ」
と叫び出す。
「そうですか。
では、先日、手に入れた西方の本など、師匠にお渡ししようかと思っていたのですが、やめておきます」
と言うと、うぬっ、という顔でこちらを見る。
「洋蘭」
苑楊がまた、ゾロゾロと人を従えてやってきた。
「どうしたのだ、洋蘭。
なんの騒ぎだ」
とニコニコしながら言うので、破門の話はそこまでになった。
「この香、手に入れるのに苦労したのですよ」
恐れ知らずにもまた自分の宮殿にやってきた陶妃が、手土産の説明を滔々とするのを聞きながら、太皇太后は渋い顔をしていた。
苑楊め、と可愛い孫を心の中で呪う。
実は昨夜――
あの娘の甘言にのせられたわけではないのだが。
封じられし宮殿まで行ってみたのだ。
この太皇太后ともあろうものが、少数の供だけを連れて、人気のない暗がりに立ち。
宮殿の牢からもれる灯りを眺めながら、洋蘭を怒鳴るあの人の声を聞いていた。
だが、そこに、のこのこと苑楊が現れて。
しかも、苑楊一人なら、あのぼんやりしている孫くらい、なんとでも言い含められるのに。
ゾロゾロとお供の者を引き連れてきて。
まあ、皇帝なのだから、当たり前なのだが。
苑楊ならともかく、李常や趙登は、なにも誤魔化せない気がする、と思い、その場を去ったのだ。
そんなことを思い出しながら、今、太皇太后は、陶妃がさりげなく緑妃たちを貶め始めるのを聞いていた。
最近、桜妃と緑妃がよく結託しているという話がふと気になり、問うてみる。
「桜妃と緑妃は、今はそんなに仲がいいのか」
「仲はよくないようですが。
最近、あの二人はあまり対立していないようなのです」
それはあれだな。
あの二人は苑楊が夢中だという、洋蘭の存在を知っているからだろう。
敵の敵は味方、くらいの感じなのではないだろうか。
「お前は洋蘭という娘を知っているか」
「は?
いえ、存じませんが。
何処の者で……」
そう言いかけ、すぐに気がついたようだった。
自分が苑楊の妃に向かい、その名前を出した理由。
皇帝のお気に召した娘だと察したようだ。
「どなたかの御息女ですか?
それとも、女官ですか?」
太皇太后は笑い、
「……囚人の世話をする下女なのだよ」
と言った。
まあっ、という顔を陶妃はする。
誇り高い陶妃は、皇帝が自分ではなく、囚人の世話をするような下女に夢中だというのが許せないようだった。
面白いことになりそうだ。
どうも、桜妃と緑妃はすでに洋蘭に手玉に取られているような気がするし。
ここは陶妃を動かしてみるか。
そう太皇太后は思った。
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