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後宮に巣くうモノ

後宮での暮らし、どうですか?

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「あら、毒入りの菓子を持ってきた下女」

 洋蘭がその布を手に歩いていると、緑妃と出くわした。

 侍女に日傘を差し掛けられ、道端の花など眺めていたらしい。

「緑妃様。
 毒なんて入ってなかったと思いますが」

 だが、緑妃は、
「なんで入ってたか入ってなかったか、食べてないあなたにわかるのよ。
 遅効性の毒だったかもしれないじゃない」
ともっともなことを言ってくる。

 いや、まあ、そうなんですけどね、と思う洋蘭に緑妃は、

「桜妃からの菓子になにも入ってなかった方が不気味だったわ」
と言ったあとで、洋蘭の手にある深く鮮やかな青色の布を見た。

「どうしたの? その布。
 北方からの献上品じゃない」

 北方の民族にしか出せない色で染め上げられているので、手にとり、その上質な肌触りを確かめなくともわかるのだろう。

「いや~、これでなにか作ってみろと皇太后様に命じられたんですよね」

「あなた、なにをやらかしたの?」

「え?」

「きっと、それであなたがつまらぬ物を作るのを皇太后様は待っていらっしゃるのよ。

 そして、献上品を駄目にした罪で罰せられるのよ」

 ほほほほ、と緑妃は笑っている。

 いや、何故、私が罰せられると決めてかかるのですか……。

 素晴らしい物を作るかもしれないじゃないですか。

 っていうか、何故、後宮の人間はみんなこんな感じなんだ、と思うが。

 自分以外はみな敵、くらいの感じでないと生き残れない場所なのだろう。

「あのー、なにを作ったら、罰せられないと思います?」
と言う洋蘭に、

「なんで私に訊くのよ」
と言ったあとで、緑妃は一応、考えてはくれたようだった。

 そういう無理難題が自分にも降りかかってくる日が来ると思ってのことかもしれない。

 だが、思いつかなかったらしく、

「……どんな物ならお喜びになられるのかしらね?

 なに考えてらっしゃるかわからない方だし。
 なんでも持ってらっしゃる方だものね。

 あなた、殺されなかったら、なにをお喜びになったか教えてよ」
と逆に言われてしまう。

「いやいやいやっ。
 見捨てないでくださいよ~」

 腹痛にならないよう、救ってあげたのに~と思ったが、言うわけにもいかない。

 だが、なにかを察したように、緑妃は溜息をついて言った。

「そうねえ。
 とりあえず、なにに使うにも良さそうな位置に刺繍でもして見せたら?」

「刺繍ですか」

「……苦手そうね」

「どんな図案がいいですかね?」

「おめでたいものがいいんじゃないの?
 鳳凰とか」

 皇太后様にお見せするものとはいえ、龍は勝手に刺繍しては駄目かしらね、と緑妃も一緒に考えてくれた。

 そういえば、陛下が緑妃を部下の明生みんせいに下賜するとか言ってたな、と思いながら、白く面長で美しい緑妃の顔を見る。

 それで騒動は治るかもしれないけど。

 緑妃様的にはそれでいいのだろうかな?

「あのー、緑妃様は後宮でのお暮らし、気に入ってらっしゃいますか?」

 気に入っているのなら、ここから出たくないだろうなと思い、訊いてみた。

 だが、緑妃は布を見たまま言う。

「気に入るも気に入らないもないわよ。
 親兄弟に皇帝に嫁げと言われて、はい、と来ただけよ。

 来たからには、楽しくやらないと人生損するじゃない。
 それだけ」

「……陛下のことはお好きですか?」

「好きも嫌いもないわ。
 滅多にお見かけしないのに。

 趣向を凝らした茶会を催しても、茶会を褒めるだけで、私には無反応。

 そんな感じで、ゆっくり語らうこともないから。

 幾ら見た目が素晴らしくとも、どんな方かもわからない。

 でも、陛下は若いのに上手く重臣たちをまとめてらっしゃるし、民を苦しめることもなさらない。

 良い方なら、長く皇帝でいていただきたいから、陛下の手助けをできることがあればするだけよ」

 ……緑妃様、なかなか立派な方だな。

 そりゃそうだよな。
 皇帝が気に入るように、各部族がもっとも美しく、知識があり、人望もある娘を送り込んできているのだろうから。

 女同士の争いは熾烈だが。
 この後宮にいる人、誰もそう悪い人はいないのに。

 何故、陛下はどなたの元にも通われないんだろうな、と思う。

「……燃えるような恋物語とか、幼き頃には憧れたけど。
 現実にはそんな機会、私たちにはないわ」

「皇帝陛下と恋をなさらないのですか?」

「私に興味ない殿方とどうやって恋をするのよっ。
 あなた、やけに突っ込んで訊いてくるけど。

 まさか、陛下を狙っているの?」

 そういえば、透き通るように白い肌をして、綺麗な顔をしているけどっ、と言われる。

「いや~、私は自由にやりたいです。
 打ち捨てられた宮殿が、今、とても気に入っています」
と正直に言うと、

「……そう」
と緑妃は信じたようだった。

 たぶん、目を見て、本気で言っているのかどうかわかったのだろう。

「私も自由になりたいわ。
 誰か素敵な殿方がここから奪い去ってくれればいいのにとか……」

 それ以上言ったら、不敬になるな、と思ったのか、緑妃は黙った。

 緑妃の言う素敵な殿方に明生みんせいが入っているかはわからないが。

 少なくとも、後宮から自由になれる日はそこまで来ている。

 だが、教えることはできないので、
「そのうち、いいことありますよ。
 ありがとうございました」
と言って、緑妃のもとを去った。


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