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後宮に巣くうモノ
林杏が怖いんだが……
しおりを挟む「あ、洋蘭さ……
洋蘭」
皇太后の宮殿を出て歩いていたら、何処か遠くを睨みつけるように見ていた林杏がこちらに気づき、振り向いた。
珍しく、呼び間違う。
新しい後宮でもぜひ、働いて欲しい、と懇願されて残っているような優秀な侍女にあるまじき行為だ。
「どうかしたの? 林杏」
「いえ、ちょっと今、不快なことがありまして」
と先程の方角を見据える林杏の手には、可憐な野の花が握られている。
「あら、可愛いじゃない」
と洋蘭がその小さな紫の花を見ると、林杏は、ぎゅっとそれを握り締め、
「あの輩っ!
これを見て、私を思い出したとか抜かすのですよっ。
私は、こんなに小さな存在ですかっ?
身を粉にして、ご主人様にも先代のご主人様にもお仕えし、働いてるこの私がっ。
完璧な侍女と呼ばれるこの私がっ。
ご主人様の失敗も周りに悟られないうちに、始末している切れ者のこの私がっ。
こんな小さく可愛い花に例えられるとはっ」
屈辱っ、という感じに林杏は言うが。
……今、小さく可愛い花って言った?
罵っているわりには、その表現、違和感を覚えるな、と洋蘭は思っていた。
実は、その花もらって、ちょっと嬉しいのだろうか。
誰にもらったのかな? と思う洋蘭の前で、林杏はどんどん疑心暗鬼になっていく。
「もしや、切れ者だと思っているのは自分だけで。
皇后様も私のことを役立たずの小さき者よっ、とか思っていらっしゃるのではっ?」
「……いや、思ってないと思うよ」
意外に落ち込み出したら、止まらない人だな……。
遅れて現れた他の侍女たちが、どうされたのですか、林杏様っ、とビクビクしながら、林杏を眺めている。
「大丈夫、大丈夫。
皇后様もきっとあなたを頼りにされてるわ。
……ところで、その花は誰にもらったの?」
林杏は、ぎっ、とこちらを睨み、
「……趙登様にですが、なにかっ?」
と低い声で言う。
もしかしてなんだけど。
照れ隠しなのだろうか、これは……。
ふう、と息を吐き、落ち着いたらしい林杏は、
「ところで、洋蘭。
その手にしている布はなに?
ずいぶん立派な布だけど」
と訊いてきた。
「ああ、皇太后様にこれでなにか作ってみよ、と命ぜられたの。
……なにかあっと驚くようなものを作れということかしらね」
「そんな曲芸的なことを期待して渡されたんじゃないと思うけど。
私が縫おうか? それ」
「えっ? 何故っ?」
「不安だからよ。
私が縫うわ」
いや、待って。
大丈夫だってっ、と二人で布を引っ張り合う。
侍女たちを引き連れ、通りかかった桜妃が声を上げた。
「洋蘭っ、なにしてるのっ。
それ、北方から献上された布じゃないっ?
その鮮やかな青色っ」
裂けたら、罰せられるわよっ、と桜妃が言ったので、慌てて二人で手を離してしまう。
だが、落下して汚してしまう前に、自他共に認める優秀な侍女、林杏が、ぱっとそれを受け止めた。
「はい、洋蘭」
と渡されたときには、林杏はすでに満面の笑みだった。
今の素早い対処に自分で自分に惚れ惚れし、気分が上がったようだった。
よかった……。
林杏の機嫌が悪いと、こっちにまで被害が及ぶもんな、と思いながら、洋蘭は桜妃たちに礼を言い、少し話して別れた。
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