28 / 69
後宮に巣くうモノ
師匠、過去を語る
しおりを挟む師匠は本の内容を語って聞かせるのと変わらぬ感じに、淡々と過去を語りはじめた。
「子どもの頃、私は古い離れの居室にある玉座の周りで遊んでいた。
兄と戯れていて、よろけた私はうっかり玉座に座ってしまった。
すると――
天井から玉が落ちてきたのだ。
龍ごと」
「……それは天井が崩落したのでは」
「まあ、そうだろうな。
古かったから。
だが、兄が私の腕を引っ張ってくれなければ、私は死んでいた。
あのとき、悟ったのだよ。
私は、皇帝になる器ではない。
私は権力争いから我が身を遠ざけ、本を読んで過ごした。
だが、静かにしていても、皇帝の息子という存在自体が邪魔なのだ。
命は狙われるし。
牢にもぶち込まれるし」
それで牢に……。
「だがまあ、ここに入ってからの方が静かだ。
誰も私を狙わない。
皇帝となった兄の計らいで、この牢に入れられたから、抜け穴から自由に何処にでも行けたしな」
「あのー、それって、三百年前のことですか?」
そんなはずないとわかっていて、洋蘭は訊いてみた。
師匠はおのれの顎をさすりながら言う。
「さすがに三百年前ではないな。
そうだな。
私の年は、お前たちが思ってるより、二百歳以上若いかな」
そりゃまあそうでしょうね、と思った洋蘭の横から、苑楊が師匠に問う。
「失礼、洋蘭の師匠よ。
私はあなたの声を聞いたことがある気がするのだが」
そういえば、陛下が幼かったころ、陛下に饅頭を譲ったら、ちょっとした毒が入ってたことがあったとか、師匠抜かしていたな、と洋蘭は思い出す。
「お前が幼い頃にはまだ、私のそうした事情を知るものもたくさんいたので。
一緒にみなと茶を楽しむことなどもあったからな。
……今は、外に知り人も少なくなり、茶を飲むこともなくなったが。
その代わりに、命を狙われることもなくなった。
前はまだ、たまには、食事になにか入っていたりもしたものだが。
今宮殿にいるものたちは、そもそも、私が誰なのか、誰も知らぬから」
それはいいことなのか、悪いことなのか。
どちらにせよ。
共に茶をする人間がいなくなってしまうのは寂しいことだな、と洋蘭は思った。
でも、だから、あんな簡単に師匠は私を受け入れてくれたんだな、とも思う。
「苑楊よ。
お前は皇帝に選ばれしもの。
辛いこともあろうが、この国ではお前が最高権力者だ。
少なくとも私のように最愛の妻を他者の権力により奪われる、などということはないだろう」
お師匠様。
いつも本を読んでいるだけで満足、みたいな顔をされているのに、そんな過去がっ、
と洋蘭は衝撃を受けていた。
「おのが身とその妻たちを守るためにも、お前は権力者でありつづけよ。
……あと、うっかり毒入り饅頭を食わせてすまん」
「ありがとうございます。
肝に銘じます」
と苑楊は先達の言葉に深々と頭を下げたが、
「……でも、それと饅頭のことは別ですよ」
と釘を刺すのは忘れなかった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
351
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる