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後宮に巣くうモノ

師匠、過去を語る

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 師匠は本の内容を語って聞かせるのと変わらぬ感じに、淡々と過去を語りはじめた。

「子どもの頃、私は古い離れの居室にある玉座の周りで遊んでいた。

 兄とたわむれていて、よろけた私はうっかり玉座に座ってしまった。

 すると――

 天井から玉が落ちてきたのだ。

 龍ごと」

「……それは天井が崩落したのでは」

「まあ、そうだろうな。
 古かったから。

 だが、兄が私の腕を引っ張ってくれなければ、私は死んでいた。

 あのとき、悟ったのだよ。

 私は、皇帝になる器ではない。

 私は権力争いから我が身を遠ざけ、本を読んで過ごした。

 だが、静かにしていても、皇帝の息子という存在自体が邪魔なのだ。

 命は狙われるし。

 牢にもぶち込まれるし」

 それで牢に……。

「だがまあ、ここに入ってからの方が静かだ。

 誰も私を狙わない。

 皇帝となった兄の計らいで、この牢に入れられたから、抜け穴から自由に何処にでも行けたしな」

「あのー、それって、三百年前のことですか?」

 そんなはずないとわかっていて、洋蘭は訊いてみた。

 師匠はおのれの顎をさすりながら言う。

「さすがに三百年前ではないな。

 そうだな。
 私の年は、お前たちが思ってるより、二百歳以上若いかな」

 そりゃまあそうでしょうね、と思った洋蘭の横から、苑楊が師匠に問う。

「失礼、洋蘭の師匠よ。
 私はあなたの声を聞いたことがある気がするのだが」

 そういえば、陛下が幼かったころ、陛下に饅頭を譲ったら、ちょっとした毒が入ってたことがあったとか、師匠抜かしていたな、と洋蘭は思い出す。

「お前が幼い頃にはまだ、私のそうした事情を知るものもたくさんいたので。
 一緒にみなと茶を楽しむことなどもあったからな。

 ……今は、外に知り人も少なくなり、茶を飲むこともなくなったが。

 その代わりに、命を狙われることもなくなった。

 前はまだ、たまには、食事になにか入っていたりもしたものだが。

 今宮殿にいるものたちは、そもそも、私が誰なのか、誰も知らぬから」

 それはいいことなのか、悪いことなのか。

 どちらにせよ。
 共に茶をする人間がいなくなってしまうのは寂しいことだな、と洋蘭は思った。

 でも、だから、あんな簡単に師匠は私を受け入れてくれたんだな、とも思う。

「苑楊よ。
 お前は皇帝に選ばれしもの。

 辛いこともあろうが、この国ではお前が最高権力者だ。

 少なくとも私のように最愛の妻を他者の権力により奪われる、などということはないだろう」

 お師匠様。
 いつも本を読んでいるだけで満足、みたいな顔をされているのに、そんな過去がっ、
と洋蘭は衝撃を受けていた。

「おのが身とその妻たちを守るためにも、お前は権力者でありつづけよ。

 ……あと、うっかり毒入り饅頭を食わせてすまん」

「ありがとうございます。
 肝に銘じます」
と苑楊は先達の言葉に深々と頭を下げたが、

「……でも、それと饅頭のことは別ですよ」
と釘を刺すのは忘れなかった。

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