25 / 69
後宮に巣くうモノ
ホンモノの敵が現れました
しおりを挟む「まったくもう、あなたがおかしなことを言うから。
危うくマンドラゴラを探して旅に出なければならないところだったじゃないの」
ぶつくさ言う梅花とともに、洋蘭は桜妃の宮殿を出る。
すみません、と笑うと、梅花は、
「なんで私に改まってしゃべるのよ」
と言ったあとで、
「ああ、囚人の身の回りの世話をする女だから、私より下よね」
と言う。
「……でも、宮殿に閉じ込められている囚人って、身分高いんじゃないの?」
かつて、後宮に住んでたとか言ってたからな、師匠。
小さなころの皇帝陛下のこともご存知なようだったし――
と思いながら、洋蘭は言った。
「まあ、それっぽいですね」
梅花は腕組みし、眉をひそめる。
洋蘭が身分高いものの使用人となれば、梅花と立場は変わらなくなるからだ。
「わかったわ。
私も敬語は使わないから、あなたも使わないで」
「ありがとう、梅花」
「あー、でも、ほんとうに桜妃様ったら、人使い荒いんだから~」
さっき、封じられし宮殿に絵を観に来たらどうかと洋蘭は言ったのだが。
桜妃は警戒し、
「禁断の宮殿に行っても祟りがないのか。
梅花、もう一回行って確かめてきて」
と言い出したのだ。
「祟りがあったら、どうしてくれるんでしょうね」
と文句を言ってはいるが、梅花は桜妃をちゃんと尊敬し、仕えているようだった。
「でも、梅花。
うちの宮殿はともかく。
マンドラゴラとか探しに、遠方にお使いに行くのは悪くないかもよ」
「なんでよ」
「だって、いろんな国に行ったら、いろんな珍しいものも見られるし。
美味しいものもあるし」
「洋蘭はいっぱい国を見てそうね。
いろんなところを売られて流れ歩いたとか?」
何故、売られて……と思ったが。
さっき、桜妃が奴婢だったのかと訊いてきたからだろう。
「いろんな美味しいものか~」
と夢見るように梅花は呟く。
「なにが一番美味しかった?
洋蘭が食べたものの中で」
「チョコレートかな」
「チョコレート?」
「苦くて甘くて美味しいの。
桜妃様なら、お召し上がりになったことがあると思うけど」
「そうかー。
いいなあ、私も食べてみたい。
でも、国の外れや他国へ行くのは、やっぱり怖いから、ここで食べられる身分になりたいわ。
あーあ、突然、皇帝陛下に見初められたりしないかしら?
なにをやったら、見初められるのかしらね?
そういえば、洋蘭。
あなた、結局、皇帝陛下に声をかけられたの?
どうなの?」
「……えーと。
皇帝陛下とは、珍しい植物の話をちょっとしてただけなんで」
と洋蘭が言ったとき、
「あ、林杏様だわっ」
と梅花が微笑み、遠くを見た。
林杏たちが集まって道端でなにやら話している。
「皇后様に仕えてらっしゃる林杏様よ。
知ってる?」
「あ、うん」
「有力な部族の出身で、まだお若いけれど、前の後宮からいらっしゃる凄腕の方なのよ。
いつもちょっと皮肉っぽい表情をされてはいるけど。
お優しいところもあるのよ」
……まあ、あるかな。
「皇后様の侍女って、偉ぶって、他の妃の侍女なんて見下してるんだと思ってたけど。
林杏様がまとめられているせいか、そんなことないみたいなの。
林杏様ご自身は、ちょっと見下すように人を見るところがあるけれど。
私が桜妃様の侍女だからとか言うのじゃなくて、分けへだてなく、みんなを見下してるから、別にいいわ」
いいんだ……?
「まあ、でも、一応、林杏様とは敵なんで、馴れ合わないようにしてるんだけどね。
だって、桜妃様は、いつかは皇后様を蹴落として、自分が皇后にと思ってらっしゃるみたいだから」
「そ、そうなんだ……?」
と洋蘭が言ったとき、林杏が、はっ、とした顔で洋蘭がいるのとは、反対側を振り向いた。
洋蘭もそちらを窺う。
まっすぐ伸びた道の向こうに、小さく金色の輿が光って見えた。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
351
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる