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封印されし宮殿
皇帝陛下に口説かれました
しおりを挟む「苑楊の父は色男でな。
いつも問題を起こしておった。
あれはもう、死んだのか?」
女に殺されたのかと師匠は問う。
「いや、女に殺される皇帝、どうなんですかね?
確か、諸般の事情で譲位なさったらしいですよ」
「諸般の事情でのう。
皇帝も、そんな商人の言い訳みたいなことを言って、譲位できる世の中になったのか」
と師匠は妙なところで感心していた。
「あ、そういえば、私、陛下の後宮に入れって言われちゃったんですよ」
物好きですよね、と笑って洋蘭は言ったが、師匠は、
「入ってやればよいではないか。
お前がいなくなると、私は暇になるが。
苑楊のいい暇つぶしになるだろう」
と言う。
……後宮って、皇帝の暇つぶしのために入るものでしたっけね?
「苑楊はまだ即位したばかりのようだが、後宮はもう整っておるのか?」
「そのようですね」
皇太子時代からの妻を皇后とし、すでにできあがっている後宮だが、まだ、これからも人は増えていくのだろう。
皇帝本人が増やそうと思わずとも、周辺部族との縁を結ぶために、まだまだ女性たちを受け入れなければならないだろうから。
「苑楊にはまだ跡継ぎはおらぬのか?」
「いらっしゃいません。
でもあれ、数を増やせば増やすほど安泰、というわけでもないですよね。
権力争いで子どもたちが殺されていくので。
多くても少なくとも、結局は、同じことのような気が
……師匠?」
寝てる。
老人というものは、ちょっと間にも、すぐに寝てしまう。
師匠は窓越しの光を浴びながら、壁に寄りかかり、気持ちよさそうに眠っていた。
しゃべりたいだけしゃべって寝て。
読みたいだけ本を漁っているうちに、食事が運ばれてくる。
洋蘭は猫のように、ぽかぽかの日差しの中で眠っている師匠を見ながら笑って言った。
「この宮殿の中で一番幸せなのは、実は、牢にいらっしゃるお師匠様なのかもしれませんね」
と。
夜、睡蓮の様子を見に、洋蘭が池の方に行くと。
相変わらず、お供のものをゾロゾロ引き連れている、皇帝、苑楊が待っていた。
美しい両親から、さらに良いところばかり譲り受けたような顔をしている苑楊は月を背に立ち、洋蘭を見下ろす。
「洋蘭よ。
後宮に入る覚悟は決まったか。
……とこの李常が申しておるぞ」
ええっ? 私ですかっ?
と李常が苑楊を振り向いている。
「あのー、そもそも、私がひとりで行って確かめてきましょうかと申しましたのに。
陛下がご自分で行くと言い出されたんじゃないですか。
それなのに、何故、私の名を……」
そんな李常の言葉を遮るように、苑楊はもう一度繰り返す。
「洋蘭よ、覚悟は決まったか」
「陛下、美女ひしめく後宮に、私などが入ったところで、埋もれて何処にいるのかもわからなくなると思います。
どうか、私のことはお捨て置きください。
私は、数日後には、存在していることすら忘れられてしまいそうな後宮に行くよりも。
ちゃんと私の目を見て、話を聞いてくださるお師匠さまの元で働いている方が幸せです」
「これ、洋蘭。
無礼であるぞ」
と李常にたしなめられたが、いや、ほんとうだ。
今は興味を持ってくれているとしても。
この麗しき皇帝陛下は、どうせすぐに、私のことなど忘れてしまわれるに違いない。
それくらいなら、ここで自由に生きた方がずっとマシだ。
洋蘭がキッパリと言い切ったせいか、苑楊はそれ以上の無理強いはしなかった。
自分でも、後宮はあまり良いところだと思っていないからだろう。
「そうか。
残念だ。
だが、たまに、ここに来てお前と話したりしたいのだが、それは良いか」
「もちろんです、陛下」
うむ、そうか、と苑楊は少し嬉しそうな顔をした。
……やめてくださいよ。
ちょっと可愛いとか思ってしまったではないですか、と洋蘭は視線をそらす。
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