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封印されし宮殿

時の止まった牢屋

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「李常よ。
 昨夜のあれは夢だったのだろうか」

 生真面目に仕事をするばかりで、愛だの恋だのに疎い皇帝、苑楊は明るい日差しの中を歩きながらそう呟く。

 きらめく緑を眺めながらの日課の散歩。

 健康のために欠かしたことはないのだが。

 ふだんは心地よく感じるこの日光を今は空恐ろしく感じる。

 その強い光で、幻のような昨夜のできごとなど、あっけなく消し去ってしまいそうな気がしたからだ。

「……今思えば、とても現実にあったこととは思えぬな」

 その光から逃げるように、苑楊は目を閉じると、昨夜の光景をあらためて頭に思い浮かべてみた。

「廃墟となった宮殿。

 鬱蒼とした柳と睡蓮を映す池。

 打ち壊されたご先祖様たちの石塔。 

 不思議な麗しき女官」

 いつものように付き従いながら、李常が言う。

「はあまあ、私もとても現実にあったこととは思えませぬな。

 どの辺が――

 と問われると、主に、石塔がふたつも打ち壊されていたところなのですが」

 調べてみたところ、ほんとうにあの塔は、古い時代の皇帝たちが築いたものだった。

 洋蘭が言っていたように、親子で仲が悪く。

 競って邪魔なほど大きな石塔を建ててしまったようなのだ。

「広大なる敷地の片隅の、封印されし、いにしえの宮殿の中のことなど、今となっては知るものも少ないですしね。

 あの娘はよく知っていましたね」

「そうだな。
 ずいぶんと博識だな。

 職人でもないのに、睡蓮のことにも詳しかったしな」

 そうでございますね、と頷きながらも、李常は釘を刺すように苑楊に言う。

「あそこは普通の牢とは違うといっても。

 所詮は、囚人の世話をする程度の娘。

 陛下には相応しくないのですが――。

 でもまあ、珍しく陛下がお気に召されたのなら、仕方がありません。

 今夜にでも私が訪ね、後宮に入るよう、促して参りましょう」

「……だから、別にお気に召してはいない」

 苑楊が強がり、そう言い返しているころ、洋蘭はいつものように寂れた宮殿の中にいた。



 くすんではいるか、かつての豪華さを思わせる派手な装飾の入った壁の前。

 洋蘭は木製の格子越しに、昨夜のことを語っていた。

 囚人である老人は、いつものように、日当たりの良い窓際に座り。

 ほうほうと、聞いているのか、思索のついでに適当な返事をしているのかわからない口調でずっと相槌を打っている。

 だが、どうやら今日はちゃんと聞いていたらしく。

 洋蘭が話し終えると、振り返り、口を開いた。

「こんなところまで来る暇な皇帝がいるとはのう。

 今の皇帝は誰じゃ。

 劉謙か?
 李広か?」

「……それは千年くらい前の皇帝ですかね?」

 いつから生きてらっしゃるんです? 師匠、と洋蘭は呆れたように言ったが。

 髪と髭で顔もわからぬ小柄な老人は、ほほほ、と笑って言う。

「ずっとこんなところにいると、なにが書物の中の出来事で、なにが現実なのかわからなくなるのだよ、洋蘭」

「あの~、私は今、ここにいますからね、現実に。

 それから、今の皇帝陛下は、苑楊様ですよ」

 おお、苑楊か。
 思い出した、思い出した、と師匠は、いつも読んでも読まなくても書物を載せている膝を叩いて言う。

「あのような小さき者が皇帝とか、大丈夫かのう」

「……すでに、かなり巨大化しておりましたよ」

 一体、いつ、お会いになったんです? と洋蘭は訊く。

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