上 下
124 / 127
またまた旅に出ました

あれが俺の暗雲か

しおりを挟む
 
 未悠たちは老婆の言葉に、列の一番後ろを見た。

 タラタラとタモンが歩いている。

「……あれが俺の暗雲か」

「そう。
 お前の過去から来た暗雲だ」
と老婆は駿に言う。

 駿はタモンが追いつくのを待って、
「お前が俺の未来を汚すのか」
と訊いていたが、タモンは、あ? とめんどくさそうに駿を見たあとで、

「いや、興味ない」
と言う。

 そのまま行こうとしたタモンだったが、老婆の前で足を止め、振り返った。

「ナディアじゃないか!」

「そう。
 よくわかったな、悪魔タモンよ」

「いや……最近、知らぬ間に格上げされて、魔王になったみたいなんですけど」
と馬から降りていた未悠が言うと、ナディアという名だったらしい老婆は、タモンに向かい言う。

「お前はただの人間だと自分のことを思っているようだが。
 そうではない。

 もうお前はとっくの昔に魔王となっていたのだよ」

 ……今、彼女の中でも、悪魔が魔王に書き換えられたようだ。

「眠り続けて、何百年も経つうちに、お前は人ならぬ力を手に入れていたのだ。
 何故なら、私が刺したのに、お前はまだそこにそうして生きているではないか」

 ええっ? とみながナディアを見た。

「誰が刺したって?」
とタモンが訊き返し、

「この占い師さんがですか?」
とヤンが言い、

「ほう、悪魔を刺すとは豪気なババアだ」
とリチャードが笑う。

「そう、私だよ」
と腕を組み立つナディアは言った。

「私がお前を刺したのだよ、愛しいタモン」

「何故だ、ナディア」
とタモンは昔の恋人だったらしいナディアに訊いている。

「お前が眠りについたあと、私はひとり、彷徨さまよっていた。

 何十年と経ち、たまたま、また訪ねたあの塔で、私は眠っているお前を見た。

 昔と寸分変わらず、美しい顔をしたお前をな。

 ……タモンよ。
 何故、お前は変わらない?

 私は醜く年老いたのに、何故、私を捨てたお前だけがいつまでも美しい?
 そう思って……」

 ナディアは自分を捨てた……、のか、また、パッタリ寝てしまっただけなのか知らないが。

 タモンがいつまでも若く美しいことに腹を立て、刺してしまったようなのだ。

「同窓会とかで」
と未悠が呟くと、駿がこちらを見た。

「好きな人が大変な状態に劣化してるのを見るのが嫌で、行かないとかって聞くんですけど。

 美しいまま残ってるのも駄目なんですね」
と言うと、

「そのまま保存されてるにも限度があるだろうよ。

 貴方も私も素敵に歳をとりましたね、というのが理想的だろう」
と駿は言う。

「そういう思い出でもあるんですか?」

 そう未悠は駿に問うたが、

「俺はのし上るのに全精力を使っていたから、恋などしたことはない。

 俺の心を動かしたのは、お前だけだ」
と歯の浮くようなセリフを言ってくるが。

 この人の恐ろしいのは、すべて本気だということだ。

「いやいや、我々は兄妹かもしれませんからね」

 真正面からそう言われて、さすがにちょっと赤くなりながら、未悠は後退する。

 すると、ナディアが、
「兄妹か。
 そうであろうな」
と言った。

 えっ? そうであろうな?
と二人で見ると、

「お前たちはタモンの子だ。
 タモンの匂いがする」

 そうナディアは言い切った。

「……すみません、もう一度」
と未悠はナディアに頼む。

「お前たちはタモンの子だ。
 タモンの匂いがする」

「あー」
とタモンが手を打った。

「なるほど。
 それで、この男を見たとき、恐ろしいから、何処かにやらねばと思ったんだな」
と駿を見て言い出すタモンに、リチャードが笑う。

「神話の時代から、自分が追われないよう、優秀な息子をいとう神や王の話はたくさんあるからな」

 そこで、タモンは今度は、未悠を見て言った。

「なるほど。
 道理で、未悠を見たとき、結構好みなのに、ときめかないなと思ったんだ」

 そうか。私の娘だったのか、とタモンは笑う。

「……それで、ただ長く生きているという理由だけで生じた貴方の力でも、私には発動しやすかったんですね」

 そう呟く未悠の側で、駿も頷く。

「そうか。
 それで、この男を見たとき、なんだかわからないが、ともかく、らねばっと思ったんだな」

 殺らねば殺られると思ったと駿は言う。

 ……どんな親子関係だ。

「父と息子って難しいんですね」
と未悠は言ったが、

「うちの父親はどっちも激甘だがな」
とリコが横で呟いていた。

 まあ、それは、恐らく、リコが母親似だからなのではないだろうか……?
と未悠は思う。

「社長は、王の子どもだから、アドルフ様と似てたわけじゃなくて。
 アドルフ様と血続きにあたるタモン様の子だから似てたんですね」

 先祖返り的にタモンに似ていたアドルフと、タモンの子の駿。

 そういうことなら、よく似ていて当然だ。

 そして、王の血を引くものしか開かない小箱が、シリオで開かなかったのに、未悠で開いたのは、未悠の方がより、王の直系に近い血を持っていたからだ。

「そうか、娘よ。
 なにか買ってやろう。

 ナディア、なにか未悠に見立ててやってくれ」
とタモンがナディアに頼む。

 いや、貴方、その方に刺されたみたいなんですけど、と思ったが、刺された記憶もなく、寝ている間に全快していたので、特にこだわりはないようだった。

 一方、ナディアも刺して、ある程度気が済んでいたらしく、商売っ気を出して、盛んに高い装飾品をタモンに売りつけようとしている。

「刺されたのですから、負けてもらってはどうですか、タモン様」
と未悠が言うと、

「食えない娘だねえ」
と言いながらも、ナディアは少しだけ負けてくれた。

 タモンに買ってもらった緑の石のブレスレットを身につけ、さようならーと未悠たち一行は去ろうとしたが、

「待て」
と誰かの声が呼び止めた。

 誰よりも魔王のような貫禄のあるその声の主は駿だった。

「待て、占い師、ナディアよ。
 俺の暗雲はどうなった?

 タモンにより、未悠と兄妹ということが証明されたことが暗雲なのか?

 じゃあ、俺たちの母親は誰なんだ?

 占い師よ。
 お前なら知っているんじゃないのか。

 俺の出自を教えろ」

 いや、それは既に占いではない……。

 というか、父親に訊け、と思ったが、タモンにも誰の子なのかはわからないようだった。

 ナディアも、
「そこまでは知らん。
 私の占いには出ていない」
と言う。

「駿、未悠。
 そして、魔王タモンよ。

 大神殿に行くがよい。

 きっとその答えが出るであろう」
と言った。

「そうなんですか?」

「……なにせ、大神殿だからな」
とそれ、やっぱり、占いでもなんでもないですよね、という適当なことを言い、ナディアは、

「じゃあ、達者でな」
と手を振った。

 これ以上の情報は得られないだろう。

 予定通り大神殿に行くか。

 魔王が、大神殿に入れるかは謎なのだが、と思いながら、よっこらせと未悠が馬に乗ったとき、タモンがナディアに言っていた。

「ナディアよ。
 お前は私に訊いたな。

 何故、自分がナディアとわかったのかと。

 わからないはずがない。
 お前はあの頃となにも変わらないまま、美しい」

「……タモン」

「いつか私が年老いたら、また出会おう。
 その頃には、また似合いの二人となっているだろう」

 いや、年老わなかったら?
と周りはみな思っていたが、ナディアはその言葉で満足したらしい。

 長年、胸につかえていたものが解けたような顔で、少女のように微笑み、手を振っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉夫を亡くした男爵夫人、実家のたかり根性の貧乏伯爵家に復讐する

江戸川ばた散歩
恋愛
東の果ての国の赴任先で夫が病気と聞き、大陸横断鉄道の二等列車に乗り込もうとするメイリン・エドワーズ大使夫人。駅の受付で個室が取れない中、男爵夫人アイリーン・ブルックスに同室を申し込まれる。彼女は先頃夫である男爵を亡くしたばかりだった。一週間がところかかる長い列車の旅の中、メイリンはアイリーンの、新聞沙汰にもなった一連の話を聞くこととなる。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【宮廷魔法士のやり直し!】~王宮を追放された天才魔法士は山奥の村の変な野菜娘に拾われたので新たな人生を『なんでも屋』で謳歌したい!~

夕姫
ファンタジー
【私。この『なんでも屋』で高級ラディッシュになります(?)】 「今日であなたはクビです。今までフローレンス王宮の宮廷魔法士としてお勤めご苦労様でした。」 アイリーン=アドネスは宮廷魔法士を束ねている筆頭魔法士のシャーロット=マリーゴールド女史にそう言われる。 理由は国の禁書庫の古代文献を持ち出したという。そんな嘘をエレイナとアストンという2人の貴族出身の宮廷魔法士に告げ口される。この2人は平民出身で王立学院を首席で卒業、そしてフローレンス王国の第一王女クリスティーナの親友という存在のアイリーンのことをよく思っていなかった。 もちろん周りの同僚の魔法士たちも平民出身の魔法士などいても邪魔にしかならない、誰もアイリーンを助けてくれない。 自分は何もしてない、しかも突然辞めろと言われ、挙句の果てにはエレイナに平手で殴られる始末。 王国を追放され、すべてを失ったアイリーンは途方に暮れあてもなく歩いていると森の中へ。そこで悔しさから下を向き泣いていると 「どうしたのお姉さん?そんな収穫3日後のラディッシュみたいな顔しちゃって?」 オレンジ色の髪のおさげの少女エイミーと出会う。彼女は自分の仕事にアイリーンを雇ってあげるといい、山奥の農村ピースフルに連れていく。そのエイミーの仕事とは「なんでも屋」だと言うのだが…… アイリーンは新規一転、自分の魔法能力を使い、エイミーや仲間と共にこの山奥の農村ピースフルの「なんでも屋」で働くことになる。 そして今日も大きなあの声が聞こえる。 「いらっしゃいませ!なんでも屋へようこそ!」 と

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

屋根裏部屋令嬢が幸せになるまで~陰謀に巻き込まれて死にかけたましたが、奇跡的に生還して陰謀を暴きます~

御峰。
恋愛
子爵家令嬢エリシアは妹のセーナに目の敵にされ、陰謀に巻き込まれ父親から屋敷のみすぼらしい屋根裏部屋で生活するように命じられる。 屋根裏部屋の生活始まってからエリシアは、何とか脱出出来たが、助けに来てくれた婚約者でもある王国の第三王子マシューから婚約破棄を言い渡され、死薬を飲まされる。 死んだと思われたエリシアは城外に捨てられたのだが、命からがらに生き伸びて、知識を頼りに死薬を克服して生き残る。 その時、同じ苦境の被害者リアムと出会い、助ける事で急速に仲を深めていくが、リアムと深まる中で事件の裏に潜む恐ろしい計画を知る事になる。 二人は力を合わせて再起を目指し奮闘する。 これはエリシア令嬢と被害者リアムの奇跡的な出会いから始まったラブストーリーである。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

処理中です...