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またまた旅に出ました
肉と金を返せーっ
しおりを挟む「実は、さっき山で男に襲われたんだ」
と白状してくる野盗に、未悠は、
……いや、貴方がた、野盗ですよね?
と思っていた。
肉は野盗の連中がぐるぐる回してくれている。
「なにもかも持ってかれた。
盗賊の頭領みたいな男に」
聞いているうちに可哀想になってきた未悠は、ツマミの皿をひとつ彼らに差し出した。
小さな皿に男たちはあっという間に群がる。
「そんな恐ろしい男だったんですか」
と未悠は訊いた。
もう少し彼らから話を引き出しておこうと思ったのだ。
これから先、旅の道中で、その恐ろしい男に襲われないとも限らないからだ。
まあ、リチャード一味以上に恐ろしげな連中はそうそう居ないので、大丈夫だとは思うが。
「いや、それが見た目は全然恐ろしげではないのだ。
大きくはあるが、筋骨隆々というわけでもない。
マントを被っていたので、顔はよくわからなかったが」
とリーダー格らしきヒゲ面の男が言う。
むさくるしいので気づかなかったが、リーダーは意外と若いようだった。
だが、そんなリーダーの言葉に被せるように、
「いや、俺は見た……」
とひとりの男が震えながら言ってくる。
「そいつは、女みたいな綺麗な顔をしていた」
なに? と別の男が振り返り言う。
「女みたいな綺麗な顔の盗賊……?
聞いたことがあるぞ。
そいつは虎の毛皮を着た背の高い男じゃないのか?
そいつに遭遇すると女をみな持っていかれると聞いた。
実際、持ってかれた奴に聞いたから間違いない」
なんて恐ろしい……と男たちは青ざめる。
そのとき、リコが、
「おい、臓物のワイン煮込みができたぞ」
と深皿とバケットを手に現れた。
野盗たちがざわつく。
「こいつじゃないのかっ?」
「気をつけろっ。
女をみんな持ってかれるぞっ」
と野盗たちは身構えていたが。
いや、貴方がた、今、野郎しか居ませんよ、と未悠は思っていた。
「なんだ、こいつら」
と未悠に皿を渡しながら、リコが訊いてくる。
「盗賊っぽい人に有り金と食料全部持って逃げられた野盗の方々です」
へー、と彼らを眺めるリコを野盗たちは遠巻きに眺めている。
そして、そんな野盗たちを臓物煮込みをパンにつけて食べながら、未悠と堂端が眺めている。
「俺、結婚したばかりの嫁が居るのに」
とリコを警戒して、若そうな野盗の人が言うが。
いや、別に遭遇したら、家まで訪ねていって嫁を攫ってくるというわけではないと思うんですが……。
というか、おそらく、その女性たちはリコが連れていったわけではなく。
勝手について行ったのでは……と思いながら、未悠はリコを見上げて言った。
「いつぞや、盗賊としての実績がないと嘆いてましたけど。
一応、名前、広まってるみたいですよ」
盗賊としての爪痕は残せていると教えてやる。
「待て待て。
俺たちが出会ったの、こんな髪の色の奴じゃないだろ」
と他の野盗たちがリコの金髪を指差し、言い出す。
「そうだ。
そういえば、俺は盗賊の男の顔は見てはいないが。
頭から被っていたマントに、なにか紋章のようなものがあるのを見た」
とその中の一人が言ってきた。
「マント?」
と未悠が訊き返す。
「白いマントだった。確か、金色の紋章が……」
「えっ? 白いマントに金色の紋章?」
と未悠が訊き返したとき、裏口からヤンの声がした。
「未悠様ーっ。
陣中見舞いに未悠様のお好きな野いちごのタルトと酒が届きましたー」
なんの陣中だ、と振り返ったとき、後ろから野盗たちの、ワッという声がした。
「こいつだーっ。
肉と金返せーっ」
いきなり野盗たちに叫ばれたアドルフが野いちごのタルトを手に、えっ? と固まって立っていた。
肉と金を返せーっ、と叫ばれながら、アドルフが突っ立っているのを見ながら未悠は思っていた。
いつも思うんだが……。
こんな風に軽く追いつかれて、差し入れ、などと城から持ってこられたりしているのに、我々が旅をしている意味はあるのだろうかと。
おそらく、あっちで食べ、こっちで呑み、そっちで風呂に入り、王様に会い、チンタラ観光がてらの旅をしている我々に、ひとり馬を飛ばしてきたアドルフ様が追いつくことなど簡単なのだろうが。
「……じゃあ、私がひとりで馬を飛ばして大神殿に行けば済む話なのでは」
と未悠が呟いている間も、アドルフは野盗たちに罵られていた。
「こいつだっ」
「そうだ、こいつだっ。
上品そうな顔して俺たちのものを何もかも持っていっちまいやがったのはっ」
「こんないつも腕のいいシェフが用意した美味いものをたらふく食ってそうな奴に持っていかれるなんてっ」
「こんなちょっとうるさい母親はいるけど優雅に暮らしてそうな奴に持っていかれるなんてっ」
「こんな将来嫁の尻にしかれそうだが、なんだか一生、安泰そうな奴に持っていかれるなんてっ」
すごいな、この人たち……。
千里眼だろうかと、と未悠は感心して野盗たちを眺めていた。
「こういう商売をして、油断ならない毎日を送っていると、洞察力が優れてくるんじゃないのか?」
とリコが笑う。
「おい、なんで野盗から食べ物を奪った」
とリコに言われたアドルフは赤ずきんちゃんのようにカゴに入れたハムやワインを、タルトとは反対側の手に持っていた。
「俺にそんな技術があると思うのか」
とアドルフは言った。
笑っているリコは、もちろん、本気ではないようだった。
その様子を見ていた堂端が呟いた。
「……王子そっくりの盗賊? 一体、この顔は何個あるんだ」
いやいや、こんな美形がそうそう居るわけもない。
「その盗賊、社長じゃないんですかね?」
と未悠は言った。
「きっとまたこっちの世界に来たんですよ。
だって、今、この人たち言ったじゃないですか。
その盗賊はアドルフ王子と同じ顔をしていて、金の紋章の入った白いマントを羽織っていたと。
そのマントはおそらく、私が社長の許に忘れてきたものです」
それを聞いたアドルフは急に王子の威厳を持って、野盗どもに言い出した。
「みんな、その盗賊を見つけて捕縛しろっ。
決して、その男が未悠の前に現れることのないようにっ」
堂端が困ったような顔をしていたので、未悠は訊いた。
「堂端さん、社長と組んで、将軍か参謀になるんでしたっけ?」
「言うな。
今、迷っているところだ。
こっちに付いてた方が食べ物が豊富だし」
そう言いながら、堂端はぐるぐる回る肉と、アドルフの手にある野いちごのパイを見ていた。
その頃、ラドミールは急ぎ馬を走らせていた。
アドルフ王子が忘れ物をしたからだ。
……意味がわからないが、と未悠のようにラドミールも思う。
旅に出た奴に差し入れを届け。
その差し入れを届ける人間が忘れたものをまた自分が届け。
一体、未悠たちが旅をしている意味は何処にあるんだっ。
あれから全然進んでないじゃないかっ、とラドミールは心の中で未悠を罵りながら、よく慣らしてある馬で山道を駆ける。
やがて、山を抜け、小さな砂漠に入った。
砂漠には岩場があり、月の光にも湯気が上がっているのが見えた。
気持ち良さそうだな、と思い眺める。
帰りに余裕があれば、入りたいものだ、と思ったあとで、振り返った。
今越えた山が見える。
確かに、このコースは早いが、女連れではちょっと厳しい。
あまり進んでいないのも仕方がないか、と思ったとき、湯殿のある場所から少し行ったところ。
街の手前に林があるのだが。
その中を突っ切る街道の入り口に、岩の上に腰掛けて、肉を食っている男が居た。
アドルフのようだ。
ラドミールは馬から降り、訊いてみた。
「どうされたんですか?
未悠様に叩き出されたんですか?」
だが、白いマントを被った鋭い視線のアドルフは肉を手に、
「臭い、硬い、まずい……」
と呟くだけだ。
「……なんの肉なんですか? それ」
そう訊いてみたが、アドルフは食べかけの肉を睨んだまま、
「知らん」
とぶっきらぼうに言う。
いや、この目つき。
この口調。
この男は、おそらく、アドルフ様ではない。
「……シャチョー?」
とラドミールは小さく呟くように訊いてみた。
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