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またまた旅に出ました

肉にはいくつかの種類があります

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 湯上りのいい気分で未悠たちは宿に戻ろうとしていた。宿のかなり手前から、ぷうんといい匂いがしている。

「醤油的なものに漬け込んであぶった肉のような匂いがします」
と言いながら、未悠が宿の扉を開けると、イラークが厨房で、今まさに、醤油的なものに漬け込んだ肉を炙っていた。

 豚っぽいが、むかれているので、なんだかわからない肉の塊が棒に刺さり、イラークに火の上でぐるぐると回されている。

「帰ったか。
 ちょうどいい。

 そろそろ食べ頃だ」

 確かに、食べ頃のようだ、と程よく焦げた肉に視線を奪われていた未悠に、
「海野《うんの》、あれはなんの肉の丸焼きだ?」
 食に対して繊細な感じのする堂端が不安そうに小声で訊いてきた。

「『おいしそうな肉』の丸焼きです」

「違う。
 肉の種類を聞いてるんだ」

「だから、おいしそうな肉です。
 世の中に肉は二種類しかありません。

 おいしそうな肉とおいしくなさそうな肉です」

「……お前がすぐにこの世界に適応できたわけがわかったぞ」

 なんという適当なやつだ、という堂端の後ろから、リコが言ってくる。

「待て、未悠。
 それは違う。

 俺は放浪の旅を始めてから知ったが。
 世の中には四種類の肉がある。

 おいしそうな肉、まずそうな肉、硬い肉、硬くて噛みきれない肉」

「硬い肉と硬くて噛みきれない肉は一緒でいいんじゃないですか?」
と未悠が言うと、今度はリコの後ろから、リチャードが言ってくる。

「違う。
 肉は二種類だ。

 食べると腹を下す肉と下さない肉」

 そんなリチャードの後ろから、今度はイラークが言ってくる。

「うちには肉は一種類しかない。
 『うまそうな肉』だ。

 さ、皿を並べろ。
 裏から酒の樽も取ってこい」
と言われ、みんな急いで動き始める。

 大きな木のテーブルには、もうミカが新鮮な野菜のサラダを並べていた。

 かつて王宮の料理人だったというイラークの作る食事は見るからにおいしそうで、しかも綺麗だ。

 それでいて、アドルフの城の料理とはちょっと違う。
 多国籍な感じがした。

 未悠は子どものように、わーい、と声を上げかけたが、

「わー……」
 まで言った次の瞬間、宿の外に出ていた。




 ……ワープしたのだろうか。

 わーい、と両手を挙げかけたまま、店の裏に立つ未悠は思った。

 何故、私は此処に? と思ったが、誰か印象の薄い男が目の前に居る。

 ヤン以上の印象の薄さだ。

「未悠様。失礼」
と言って、その男が未悠を抱きかかえたとき、すぐ側で扉が開いた。

 誰かが酒樽を取りに出てきたのかもしれないが。

 誰なのかは確かめられなかった。
 そのまま抱えられ、何処かに連れ去られたからだ。



 言われるがまま、皿や木のカップを並べていた堂端は、はたとあることに気づいた。

 もう一度、ぐるりと店内を回し、ヤンに訊く。

「海野が居ないが。
 何処か行ったのか?」

 ひいひい言って酒樽を引きずっていたヤンは、そこでようやく未悠が消えていることに気がついたようだった。

「本当だ。
 未悠様がいらっしゃらない。

 御不浄ごふじょうでしょうか」

 だが、戻ってこないので、ミカに見に行ってもらったが、居なかった。

 呑気にリチャードが言う。

「あれだけご馳走を楽しみにしていた未悠が自分で消えるとは思えないから、誰かに連れ去られたのかな?」

 手際よくナイフで香ばしく焼けた肉を削ぎ落としながらイラークも言う。

「このメンツに気配も感じさせずに連れ出すとは、かなりの手練《てだ》れだな」

「そんなっ。
 早く未悠様をお探ししないとっ」
とヤンは真っ青になって慌てるが、イラークは喧嘩のないよう丁寧に肉を分けながら言ってきた。

「焦ったところで意味はないぞ、ヤン。
 そんな手練れが殺す気で連れ去ったのなら、もう殺されている」

「いやいやいやっ。
 落ち着かないでくださいっ」
と叫んでヤンは宿から飛びだそうとしたが、喉許にナイフを当てられる。

 肉を切っていた、いい匂いのするナイフだ。

「心配するな、大丈夫だ」

「そうそう」
とやけにイラークたちが落ち着いているので、堂端は周囲を見回してみた。

 リコが居ないことに気づく。

「未悠が連れ去られるのに気づいて付いてったんだろ」

 大皿に載った料理を運びながら、そう言うイラークに堂端は言った。

「だが、リコというのは、王族の人間で、満足に盗賊もできない男だと聞いているが」

 お宝を探しに行った先で、年増の女にもてあそばれて、お小遣いを握らされる程度の悪人だと。

「いやいや。
 確かにあいつは悪事には向いていないが。

 能力値が低いというわけじゃないぞ」

 イラークはそう言いながら、美しい透けるような皮に包まれた水餃子のようなものを出してきた。

 心配しながらも、その料理に視線を吸い寄せられていると、ヤンが横から言ってくる。

「それにしても、堂端さん、よく未悠様が消えたのに気づかれましたね」

「いや、あいつの顔見て、嫌味を言わないと落ち着かないから、頻繁に位置を確認してたのに居なくなったから」
と言って、

「……そんな理由で気づかないでください」
と言われてしまった。



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