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それぞれの秘密
パチンしてくださいっ
しおりを挟む今日は朝食のあと、未悠の姿を見てないな。
執務室で王の代わりに仕事をこなしながら、アドルフはそんなことを思っていた。
あとで、未悠を誘って庭でも歩こう。
万が一にも兄妹であってはいけないので、さっさと未悠と結婚しなければ。
いろいろ考えてみたのだが、結局、なんでも、やったもんがちな気がしてきていた。
いつか未悠に言ったように、結婚して、世継ぎを産んで、自分たちの地位を確率すれば、未悠が実は妹かもとなっても。
今更、言ったところで、国のマイナスになるだけだと、もみ消してもらえるかもしれん、と甘い考えで思っていたとき、ラドミールに案内され、珍しく殊勝な顔をしたタモンがやってきた。
「タモン様。
どうしました?」
と呼びかけると、
「すまない、王子」
とタモンが謝ってくる。
「すまないって、なにがです?」
「パチンしてしまった」
「……パチン?」
「パチンだ」
と頷いたあとで、タモンは沈黙した。
気がついたら、未悠は一面の芝桜の中に居た。
「……帰ってきた」
と呟く。
此処から飛んだので、此処に帰るのではと思ってはいた。
だが、あのとき居た社長が今は居ない。
少し時間がズレているようだった。
そういえば、社長もあっちに飛んできてたもんな。
タモン様のパチンで帰っていったが。
『お前があの花畑で消えてから、俺は何度もあそこを覗いていたんだが。
あるとき、パチンと音がして、気がついたら、また違う花畑に居たんだ』
そう駿は言っていた。
私たちが捨てられていたという、この花畑。
やはり、なにかある、と未悠は思う。
それにしても、行って帰っての法則性が、いまいち、あるんだかないんだかわからないところが怖い。
次に飛んだら、あっちの世界でも、こっちの世界でも、みんな老け込んでて、浦島太郎みたいになってしまうのでは。
いや、逆に時間を行き来する自分だけが老け込んでいく可能性もあるな、と思って、未悠はゾッとする。
とりあえず、急いで、アパートに戻ってみた。
だが、何故だかわからないが、自分の部屋の鍵が開かない。
付け替えられているようだ。
「あれ?」
と呟きながら、ガチャガチャやっていると、隣に住むバンドマンのおにいさんが、階段を上がってきて、未悠を見、
「あれ?」
と言った。
「引っ越したんじゃなかったの?」
と未悠に向かい、言ってくる。
「え?」
「君、引っ越したよ」
私の知らぬ間にですか……と思っていると、
「そうだ。
君のおにいさんって人が来て、本人が帰ってきたら、『引っ越しました』ってハガキ、渡してくれって言ってた」
と言う。
……本人にですか、と思いながら、部屋から取ってきてくれた、その身に覚えのない自分の引っ越しハガキを眺めてみると、特に住所はなく、
「職場に来い」
と駿の字で書いてあった。
まさか、私の荷物は会社に引っ越したのか?
一日中、仕事づけとか?
と怯えながら、
「ありがとうございます。
あの、今、なにもお礼に差し上げるものがないんですけど」
と言うと、
「ああ、いいのいいの。
君のおにいさんが菓子折り置いてってくれたから。
ありがとうって言っといて。
でも、ほんと残念だよ。
君の次に入ってきたの、単身赴任のおっさんでさ」
と実に残念そうな顔をする。
おにいさんに挨拶して去りながら、未悠は思っていた。
此処に越してきて、一番長くしゃべった気がするな、と。
意外に気のいい人だった。
引っ越してからわかったのが、残念だが。
だが、駿は一目見て、彼の人となりがわかったようだった。
だから、ハガキを預けたのだろう。
まあ、苦労してるから、人を見る目もあるんだろうな、と思いながら、未悠は花畑を出るとき脱いだマントを手に、急いで会社へと向かった。
スーツ着たままでよかった、と思いながら。
「海野……」
会社に着くと、猛ダッシュで社長室のあるフロアに向かい、未悠は駆けていった。
途中で、堂端尊とすれ違って、名を呼ばれた気がするが、そのときには、もう社長室のドアをノックしていた。
「未悠ですっ。
あっ、違ったっ。
海野ですっ」
「どっちでもいい、入れ」
と駿の声がした。
アドルフとよく似ているが、アドルフよりは落ち着いた声だ。
いや、アドルフが落ち着きがない、と言っているわけではないのだが……。
いつものように窓を背にしてデスクに居る駿がノートパソコンから顔を上げ、
「どうした、妹よ」
と言ってきた。
「……どうしたんですか、社長」
と言うと、
「いや、ただのヤケクソだ」
と言い、駿は立ち上がる。
「社長。
消えた私の荷物は何処ですか」
「俺の部屋だ」
「……なんでですか」
「なんでって、兄妹じゃないか。
一緒に暮らそう」
と駿は、しらじらしいことを言い出す。
「お互い結婚するまでの短い間かもしれないが。
兄妹仲良く暮らすのも悪くないだろう」
「あの~。
ものすご~く、身の危険を感じるのは気のせいでしょうか?」
と後退しながら未悠が言うと、
「意外と勘がいいな」
と駿は言う。
「いや、お前が妹かもしれないとわかったとき、お前のことは諦めるべきだと思ったんだが。
お前、あの俺そっくりだが、ちょっとぼんやりとした王子とやらが気に入ってるんだろう」
と言われ、ぎくりとする。
「こっちに帰ってから、
たぶん、そうなんだろうな。
あいつの好み、この顔だからな、とか思ったら、無性に腹が立ってきて。
お前を俺と同じ顔の男にくれてやるのが惜しくなったんだ。
そうだ。
別に兄妹でもいいじゃないか。
誰も知らないし、と今は思っている」
なんだろうな……。
似てないようで、似てるな、この二人、と未悠は思っていた。
二人とも、悩んで騒いで、人を巻き込んだ挙句に勝手に結論を出す。
それもロクでもない結論を――。
だったら、いっそ、最初から悩まないでくれと言いたくなるのだが。
「それはともかく、社長」
と未悠は此処に戻ってきたわけを思い出し、自分から、ずい、と前へ出た。
「それはともかく……?」
と大問題を丸投げにする未悠に眉をひそめながら、駿が呟く。
「コラーゲンですっ」
「コラーゲン……?」
「私、コラーゲン、取りに帰ってきたんですよっ。
あるいはスッポンッ!」
プリーズッ、くださいっ、と言わんばかりに、未悠は、駿に向かい、両手を差し出す。
「ずいぶん簡単に行ったり来たりできるようになったものだな」
と言う駿に、
「嫌味なら、今度ゆっくり聞きます、社長っ。
いや、お兄様っ」
と兄妹であることを強調するように、そう言ったあとで、
「私、コラーゲン買って、すぐに帰らないとっ。
急いでるんでっ。
すみませんが、荷物は、そのまま置いておいてくださいっ」
じゃっ、と言って、去ろうとすると、
「しかし、お前、急いで帰って、ちゃんと元の場所、元の時間に出るのか?」
とその背に向かい、駿が言ってくる。
うっ、と未悠は足を止めた。
「王子も年老いて死んでたりしてな」
「社長~っ」
今、一番恐れてることを~っ、と思いながら振り向いて睨むと、
「それで、俺の許に戻ってこようとしても、俺ももう別の女と家庭を築いているかもしれないぞ」
と脅すように言ってきたあとで、
「まあ、いい」
と駿は言う。
「お前は必ず、此処に帰ってくるから」
と言って、何故か自信ありげに笑っている。
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