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ふたたび、旅に出ました
王子らしくってそういうことなんですかね?
しおりを挟む「私は間違っていた」
城に戻るなり、アドルフは未悠を部屋に呼びつけ、そう言い出した。
「なにか嫌な予感がするのだ」
と言いながら、アドルフは部屋の中をぐるぐると歩き回る。
「あいつは必ず戻ってくる」
どうも社長のことを言っているようだ。
そういえば、タモンも同じようなことを言っていたな、と思う未悠の肩を、いきなりアドルフはつかんでくる。
「あいつがお前が言っていた俺と似た男なんだな。
こちらの世界までやってくるとは――。
なんということだ。
このままでは、お前を持っていかれてしまうではないかっ」
いや……何故、社長に負ける気満々なのですか、と思う未悠の前でアドルフは、
「ああ、こんなことになる前に、王子らしく、さっさとお前を手篭めにしておけばよかった!」
と嘆き悲しみ始める。
いや、王子らしくってそういうことなんですかね? と思いながら、未悠は、
「では、私は庶民らしく、抵抗させてもらいます」
と言いって、アドルフの手を肩から外す。
すると、アドルフは、
「私が嫌いかっ。
兄妹だからか!」
と言ってきた。
いや、そのセリフ、非難するように高らかに言ってくるのはおかしいですが……。
駄目でしょう、兄妹だったら。
と思ったあとで、まあ、それを言うのなら、社長も駄目なはずだが、と思う。
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ずっと気になっていたのだが。
社長は私を妹だと言い。
アドルフ王子も私を妹だと言う。
では、我々は実は三兄妹だとか?
社長と自分が手を繋いであの花園に立っていたと言うのなら、もしかして、社長もこの世界の人間で。
そして、王の隠し子なのではないか?
それなら、アドルフ王子とそっくりなのも納得がいく。
その話をアドルフにすると、
「なんと!
では、あの男にも王位継承権があるではないかっ。
やはり、今すぐ、お前を私のものにしておかねば。
あの男、自分が王子だと気づいたら、更に傍若無人に振る舞うかもしれん」
と言い出した。
「あのー、なんで、そんなすぐ手篭めにしがるんですか」
とまたいつの間にか肩にのっていたアドルフの手を払いながら、未悠は訊いた。
「そ、それは……」
とアドルフは未悠に、これ以上、おいたをしないよう、手を握られながら、赤くなり俯く。
「それはお前が好きだからだ。
こんなおかしな女なのに、何故なのか自分でもわからぬのだが。
今はお前以外の女は考えられない」
「今は……?」
「い、いや、今もきっと、この先も、お前以外考えられない。
私と一生を共にしてくれ、未悠。
もし、お前が私の妹であったなら、私は王位継承権を捨てる。
二人で森ででも暮らそう。
そうだ。
あの魔王の塔でもいい」
この間まで、血塗れの事故物件だったところですけどね、と思いながらも、必死に訴えてくるアドルフの姿に、未悠は笑った。
「最初から、そう言ってください」
え? とアドルフが顔を上げ、未悠を見る。
「王子だから、手篭めにするとか訳のわからないことを言わないで」
「じゃあ、そういう言い方でなければ、してもいいのか」
「いや……、いいわけないですよね?」
と言いながら、昔、おじさんに習った痴漢避けの技を使い、軽く王子の腕をひねってみた。
「そこを通せ、ラドミール」
アドルフの部屋の前で、ラドミールはシリオと揉めていた。
「いいえ。
通しません」
「何故だっ。
未悠を助けないとっ」
「助ける?
愛する王子に連れて行かれた未悠が助けて欲しがってると思いますか?」
「いや、きっと未悠は、私の助けを待って、子ウサギのように震えていることだろうっ」
「王子が未悠にやられて、子ネズミのように震えてそうですけどね」
とドアを振り返りながら、うっかり本音をもらしたあとで、ラドミールは、
「ともかく、王子の邪魔はさせません」
と扉の前に立ち、言い放つ。
「あの男……、危険な匂いがします」
とラドミールは、シャチョーのことを語る。
「これ以上、城の周りをうろつかれないよう。
奴の目的である未悠をさっさと王子とくっつけてしまわないと」
だが、そう呟くラドミールを無視して、シリオは、
「王子っ、式が終わるまで、未悠には手を出さないと誓ったではないですかっ
王子っ、謀反を起こしますよっ、王子っ!」
と物騒なことを叫びながら、ドアを叩いていた。
未悠ーっ、とシリオがドアを叩く音はタモンとリコの居る部屋まで響いていた。
二人は窓辺の椅子に腰掛け、未悠が見たら、チェスだろうかと思うようなものをやっていた。
ドアを開けて叫ぶアドルフの声が聞こえてくる。
「やかましいっ。
そもそも、未悠はお前が私にと連れてきた娘だろうがっ」
「騒がしい城だな」
とタモンは言った。
「ええ、本当に」
と笑ってリコは答える。
ラドミールや衛士たちは二人を止めようと右往左往しているようだが、所詮、人の色恋沙汰なので、リコたちは呑気なものだった。
クリスタルの駒を手に、リコはタモンに訊いた。
「ときにタモン様。
ずいぶん、あのシャチョーとかいう男を警戒してらっしゃったように見えましたが」
そう問うと、歳とらぬ男は顎に手をやり、なにか考える風な顔をした。
「そう……。
なにかあいつを見たとき、ぞくりとしたのだよ」
とタモンは呟く。
黙って駒を置いたリコは、ふいに人の気配を感じた。
いや、ふわっといい香りが近づいてきたというか。
振り向くと、音もなく、エリザベートが立っていた。
タモンも気づいたように顔を上げ、エリザベートに訊いていた。
「どうした? エリザベート。
今日は特別良い匂いをさせているが」
すると、エリザベートは少し赤くなり、
「別に意味はありません」
と言った。
だが、朝からではないような、とリコは思う。
エリザベートはそのまま、しばらく黙ってゲームを観戦していたが、やがて行ってしまった。
リコは顔上げ、エリザベートが消えた方を見た。
「どうしたのでしょうかね? エリザベート様は。
もしや、私、お邪魔でしたでしょうかね?」
うん? と駒を手に盤上を見たまま、タモンは言う。
「いや、そういうのではないと思うぞ。
今のエリザベートには、私は生意気な若造としか見えていないようだから」
そこで少し考え、
「ま、ユーリアにとっても、そうなのだろうな……」
と言ったときだけ、少し寂しそうにも見えた。
「違うなにかいいことがあったのではないか?」
とタモンは笑う。
そのアドルフにも似た整った顔を見ながら、リコは訊いた。
「そういえば、今回のタモン様の目覚めはずいぶん長いらしいですが。
なにか普段と違うことでもあるのですか?」
「さて、どうだかな。
もうさすがに薬の効き目が切れて、此処で終わりなのかもしれんな」
とタモンはこちらを見ずに笑う。
今すぐ死ぬとかではなく、このまま普通の人間になるという意味だろうかな、とリコは思った。
「それか……」
とタモンは盤を見たまま呟く。
「今回に限り、なにか違う条件のもと、目覚めたか、だな」
他人事であるかのように冷静で客観的な口調だった。
そんなことを言いながら、タモンが、コト、と木製の盤の上に駒を置いた瞬間、リコは渋い顔をした。
「……負けました」
「そうか?
まだいけるだろ」
と目を上げてタモンは言ってくるが。
「いや、この先どう打っても、タモン様に潰されますよ」
「読みが早いな」
と即座に言い、笑うタモンには最初から、そのことはわかっていたようだった。
長く生きたから、このように聡い人間になったのか。
それとも、元からそうだったのか――。
リコは、なにか……ちょっと既視感が、と思いながら、
「もう一戦やるか?
夜は長いからな。
……うるさくて眠れそうにないし」
と言って、上の階を見るように天井を見るタモンを見つめた。
タモンはそこで小首を傾げて呟く。
「そういえば、だんだん不安に思わなくなってきたな」
「え?」
「いや、昔は、眠りの封印が解けている間は、大抵、眠れなかったものだが、最近は、普通に眠れるようになってきたんだ。
でも、眠るたびに、次に目覚めるのはいつなのかと、不安だった。
だが、慣れというのは恐ろしいもので、毎度、普通に目覚めるせいか。
このまま、眠り続ける恐怖というのが薄くなってきているんだよ」
そういう意味でも、今回の目覚めは、なにかが違うようだとタモンは言う。
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