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……帰って来てしまいました

……呪ってるんじゃないだろうな

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「海野っ、弁当の手配は出来てるのか?」
「はいっ」

「未悠っ、会議室押さえるの、忘れてたろっ」
「はいっ」

 いつものように、堂端に怒鳴られ、駿に怒鳴られ、未悠は一週間、馬車馬のように働いた。

 突然、異世界に飛ぶこともなく、夢に見ることもなく、いつものように働き、日曜日を迎えてしまったのだ。

 朝、社長が迎えに来ると言ってたな、と思いながら、未悠は壁の時計を確認する。

 時間がないので、トーストに紅茶という少々ショボイ朝食だった。

 まあ、今日は焼いてあるだけ、マシか、と思いながら、まだもぐもぐしながら、髪をく。

 こんな風に忙しい日常を送っていたら、あの世界のことは遠くなるかと思ったが、そうでもないようだった。

 呑んだくれて見た夢だったのだろうと思ってはいるが、何故か、今でもリアルに思い出せる。

 なんでも叶う夢の世界というわけでもなく、憧れて戻りたくなるような場所、というわけでもないのに何故だろうな、と未悠は思っていた。

 あの眠りの森の悪魔はまだ、眠りにつかずに起きているのだろうか?

 世話焼きのシリオとエリザベートはあいかわらず、上から目線で騒がしいのだろうか?

 アデリナとシーラは……

 ま、いつものように揉めてそうだな。

 お妃様は――。

 そして……

 アドルフ王子はどうしているだろう? と思う。

 私はいつ殺されるかわからない商売なのだとか言っていたが。

 まあ、殺されてはいないだろうな、となんだかんだで平和なあの城を思い浮かべたとき、テーブルの上に置いていたスマホが震えて鳴り始めた。

 駿が下に着いたようだ。

 未悠は戸締りをし、急いで部屋を出た。



「お、お待たせしました」
と言って、落ち着いた色の駿の車に乗りながら思う。

 なんかこう……

 日曜日に二人で出かけるとか、カップルみたいなんだが、と。

 いや、自分たちはもう、カップルから最も遠い組み合わせになってしまったのだが。

 友人同士でも、上司と部下でもない。

 兄妹――。

 兄妹か、と思いながら、未悠は窓の外を見た。




 園長の墓は、海を見下ろせる高台にあった。

 急斜面の道を登るのもなかなかしんどい。

 未悠が墓地に向かう途中で足を止め、湾になっている海とそれを囲む家々を見下ろしていると、シューッとなにかが威嚇するような音がした。

 蛇っ? と振り向いたが。

 見ると、足許にしゃがんだ駿が、未悠の脚に虫除けスプレーをかけてくれるところだった。

「立ち止まるな」
と駿は未悠の脚を見ながら、真剣な表情で言ってくる。

「墓地の蚊を甘くみるなよ。
 一瞬で餌食になるぞ。

 こいつら、滅多に人とか来なくて飢えているからな」

 立ち上がり、自分にもかけている駿を見ながら未悠は、ふと疑問に思い訊いてみた。

「そういえば、墓地って、人居ないのに、なんでこんなにたくさん蚊が居るんでしょうね?」

 普段、なんの血吸ってんだろうな、と思いながら言うと、
「まあ、人は居るけどな、たくさん」
と土の下を見ながら、駿は言ってくる。

 いやいやいや、と相変わらずな駿に思いながら、二人で真新しい墓の前に行くと、駿は、
「止まると刺されるぞ、足踏みしながら拝め」
と無茶を言ってくる。

 恩人に挨拶に来たのに、それはどうだ、と思った未悠は、ちゃんとしゃがんで、手を合わせた。

 駿もそう言いながらも、一緒に横にしゃがんでいたが。

 手を合わせたまま、墓を見上げ、不思議なものだな、と未悠は思う。

 今、兄妹そろって、こうしていることが。

 園長先生。
 全然記憶にはないんですが、とりあえず、拾って途中まで育ててくださって、ありがとうございました。

 実際に世話してくれていたのは、園長以外の人なのだろうが、それももうわからないようだからな、と思う。

 立ち上がった駿は園長の墓を見下ろし、言ってきた。

「……人はどうして、この秘密は墓場まで持っていこうと思っていた、とか言いながら、しゃべってしまうんだろうな」

 責任持って、最後まで話さないで、あの世へ旅立て、と駿は言うが。

 園長がそんなセリフを吐いて死んだわけではあるまい。

 まさか、園長もこんなことになってるとは思わなかっただろうから。

 単に、お前には妹が居るよと教えただけだったんだろうに。

 わざわざ、墓参りに来たわりには、激しく逆恨みしているようだ、と墓を見て、なにか考えている駿の横顔を見る。

 ……呪ってるんじゃないだろうな、と不安になった。



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