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呑んだくれてたら、異世界にたどり着いてました

呑んだくれて、目を覚ましたら、ムカつく顔の王子に出会いました

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 こんなに呑んで寝たら、人生初めての二日酔いになりそうだ、と思って起きた朝。

 未悠みはるは自分が花咲き乱れる森の中に居るのに気がついた。

 此処は何処だ? と最近吸っていない涼やかな空気を吸いながら、ぼんやりとする。

 頭の上には青空が。
 森のそこだけ、ぽっかり木々が途切れ、足許には花咲き乱れる原っぱが広がっている。

 そこへその美しい花々を背負ったような美しい王子が、パカパカと白馬に乗って現れた。

 どうやら、まだ夢を見ているようだな、と思いながら、未悠はその王子を見上げる。

 王子よ。
 花を背負っていいのは、女の私の方ではあるまいか。

 しかも、この顔、夕べ、私をフッたうちの社長に似ている気がするのは、気のせいか。

 そんな格好も似合うな、社長、とぼんやり思っていると、その王子は白馬の上から高らかに訊いてきた。

「娘よ。
 お前は何者だ」

「……えーと。
 OLですかね?」

 秘書です、と言うと、王子は、ほう、と言う。

「OLとやら」
と王子は呼びかけてきた。

「いや、OL、名前じゃないです。
 私の名前は、海野未悠うんのみはると言います」

 名前……変わるはずだったのにな、と思っていると、
「年は幾つだ」
と王子は訊いてくる。

「に、……二十七?」

「何故、疑問形だ。
 お前は自分の年がわからんのか。
 では、嫁に行っているのだな」

 なんだ、その決めつけは、と思いながら、
「行ってませんが、なにか?」
と喧嘩腰に言ってしまうが、王子は、ぼそりと、

「行きおくれか」
と呟いていこうとした。

 待ちやがれ、このクソ王子っ!

「あのー、この世界ではどうだか知りませんがっ。
 私の世界では、私はまだ、ピチピチの小娘ですがっ」

「そうか。
 世界は広いな」

 どういう意味だ。

「では、OL」

 違うってば。

「達者で暮らせよ」

 花咲き乱れる草原を白馬に乗った王子が去っていく。
 まあ、夢ならもう覚める頃だろうと思っていたのだが。




  ……甘かった。




 あれから三週間、目が覚める気配はなく、未悠は酒場でバイトをしていた。

 この世界で、二十七と言うと、行き遅れ扱いされてしまうらしいので、十七歳だと偽っている。

 童顔でよかった……。



 まだ目が覚めないらしい未悠が働いているのは、あの森からすぐ近く、中世ヨーロッパ風の石造りの街だった。

 ……いや、中世ヨーロッパに行ったことはないので、本当にこんな街だったのかは知らないが。

 まあ、私の夢だからな、とまた往生際悪く、夢だと信じて未悠は思う。

 しかし、どんな街のどんな場所でも、忙しく働くのは、やり甲斐があって楽しい。

 自分が必要とされている感じがするからだ。

「はい、ビール四つー。
 おにーさんは、ひとつー」

 飾り気のないシンプルな麻のエプロンをした未悠が、一人で座る若い男の前に木製のマグカップを置いて去ろうとすると、

「待て、娘」
と手首をつかまれた。

 ひいっ、痴漢っ、と思いながら、振り返る。

 マスターがうるさいので、此処では女の店員に触ってくるような客は居ないはずなのだが。

 新参者かっ? とその顔を見た。

 忙しいときは、テーブルの位置と人数くらいしか把握せず動いているので、客の顔などいちいち見てはいない。

 その男は、長髪細面のなかなかイケメンだった。

 だが、男は自分から見れば、かなり珍妙な格好をしていた。
 騎士と魔導士を足して二で割ったような不思議なマント姿で、長剣を腰に差している。

「娘、お前、幾つだ」

 この世界の人間は、女に会うととりあえず年を訊くことにしているのか?

 こいつら、まとめて切り捨てたいな……と思いながら、未悠が男の剣を見つめていると、男は、
「お前、王子の花嫁になってみる気はないか」
と言ってきた。

 王子の花嫁?

 男は未悠の手をつかんだまま、溜息をもらす。

「いやー、いろいろ取りそろえろと命令されたのだが、なかなか難しくてな」

 私はそのいろいろのうちの、かなりいろいろな部分な気がするのだが、気のせいだろうか、と未悠は思う。

 それにしても、王子か。
 ……王子ね。

「あのー、この国の王子ってあれですか?
 綺麗だけど、ちょっと小生意気そうな顔をしている」

「そう、それだ。
 綺麗だが、小生意気そうな顔の男だ」

 どんな部下だ。
 忠誠心がないな、と思っていると、

「どうする? ちょっと王子に会いに行ってみるか?」
 ちょっとその辺でお茶でも飲むか、というような気楽な口調で、男は訊いてきた。

「まあ、お前が選ばれるとも思えんが、此処よりはマシな美味いものが食えるかもしれんぞ」

 通りがかった店のマスターが、
「おにいさん帰っとくれ」
と忙しげに歩きながら、振り返りもせず言っていた。

 そういえば、この世界に初めて来たとき、会ったのがあの王子だったな。

 帰る切っかけがつかめるかもしれないから、行ってみるか、と未悠は思った。

 あの会社に、今、帰りたいかと問われれば、ちょっと悩むところなのだが――。



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