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襲われたのには理由があります

とりあえず、呑まねばはじまらない

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「いよいよ、あと三日だな」
と陽太が言う。

 寝る準備を整え、ベッドに入った深月はスマホ越しにその声を聞いていた。

「そうですねー。
 あと三日で本番ですね」

 ついに神楽のある宵宮が近づいてきたのでそう言ったが。

「違う」
と陽太は言った。

「お前が俺のものになるまで、あと三日だ。
 一秒たりとも待たないぞ」
と言う陽太に、

「いやあの~、当日はちょっと……。
 次の日は大祭の本番ですし」
と言ったのだが。

 陽太の中ではもう祭りの前の晩の宵宮で祭りは終了らしい。

「仕方がないな。
 じゃあ、祭りが終わったらだぞ」
と陽太は言う。

 いや、でも、支社長の舞、かなりハードだし、ふたつもあるから、しばらくはボロボロなんじゃないかと思うけど、と深月は苦笑いしていた。

 やはり、練習と本番では違う。

 観客の熱気に押されるように、みな、激しく舞ってしまうのだ。

「じゃあ、祭りに備えて、もう寝ろ」
と陽太が言ってくる。

「はい、おやすみなさ……

 あ」
と深月が声を上げると、陽太が、

「どうした?」
と訊いてくる。

「いえ、誰かがドアの向こうに居る気がして」

 なにかの気配を感じたのだ。

「忍者か」
「何故ですか」

「刺客か」
「……それは何処から放たれたんですか」

 陽太はまだ、この間の船での会話を引きずっているようだった。

「寝る前に、電話を切らずに、ちょっと見てみろ」

 はい、と言って深月はベッドから出て、そっとドアを開けてみたが、誰も居ない。

「気のせいでした」

「そうか。
 清春か」

 どんな会話だ……。

「外部から侵入した形跡もなく、異状もないのなら、それは清春だ。
 部屋に鍵をかけて寝ろ」

 おやすみ、と電話は切れた。

 ……なんでだ、と思いながらも、一応、言われた通り、深月は鍵をかけて寝た。
 


 その夜、神社は人と機材でごった返していた。

 重機も入って簡易の神楽殿の周りで作業しているし、おばさんたちは明日出す食事の仕込みで駆け回っている。

 深月たちも仕事が終わってすぐに駆けつけ、手伝った。

「深月ー、皿出してきて。
 洗うから。

 蔵から平皿、あと百枚ー」
と誰かが母屋の台所の窓から叫んでくる。

「はーい」
とは言ったものの、

 えっ? 百枚?
 どうやって運ぶんだ、思った。

 とりあえず、蔵にダッシュしようとしたとき、ちょうど通りかかった清春が、
「手伝おう」
と言ってきた。

「いいの?」

「こっちは大体終わった。
 おじさんたちはもう飲み始めてる」

「……とりあえず、飲まないとなにも始まらない人たちだからね」
とプラスチックのカップや紙コップを手に、一応、神楽殿を見上げてなにか言っているフリをしながら、ただ呑んでいるおじさんやジイさんたちを見た。

 ……あの中に、あの晩、支社長に浴びるほど呑ませたジイさんもいるんだろうな。

 前は見つけたら、文句を言ってやろうと思っていたが。

 今は感謝したいような気もしている。

 そんなことがなかったら、きっと今も、ただの、総務と支社長という関係で。

 通りすがりに挨拶したり、新年の会で訓示を述べたり聞いたりするだけの間柄だったろうから。

 深月は清春と一緒に離れた場所にある蔵に入る。

「毎年、買い換えたらー? とか。
 もう紙皿にしたらー? とか思うんだけど」

 そう言いながら、深月は骨董品のような皿が並んだ棚を見る。

 ただ古いだけで、特に価値もない皿がずらっと並んでいた。

「子どもの頃はこんな古臭い絵柄の皿、やだな~とか思ってたんだけど。
 大人になったら、味があるな、とか思っちゃったりするんだよね」

 洗うの大変だけど、と深月が笑うと、
「去年、御橋みはしさんが次々洗うのめんどくさいから、自分の店に持って帰って洗うとか言い出したっけな」
と清春が言う。

 御橋は近くでレストランをやっているので、業務用の食洗機を持っているのだ。

「そうそう。
 そしたら、運んでる間に洗えるでしょ、とか。

 食洗機なんて信用ならないとか、おばちゃんたちが言い出して。

 なんで新しい電化製品って、最初は信用ないんだろうね。

 洗濯機だって、昔は新しい電化製品だったのに」

「その頃はその頃で、そんなもので洗えるかとか言ってたんじゃないのか」
と言われ、だろうね、と言って、見つけたおばちゃん指定の平皿を抱えようとしたとき、

「深月、ちょっと待て」
と清春に言われる。

「えっ? なにっ? 虫っ?」
と言って、深月は手を引っ込めた。

 たまに皿を取ると、なんだかわからない虫がのっかっていたりするからだ。

「いや、今、持つな。
 割れると困るから」

「やだなー、そうそう落とさな……」

 い、と言う前に、深月は清春に抱きしめられていた。

「お前が驚いて落として割ったら困るからだ」

 そう抱きしめたまま清春は言ってくる。


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