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理由が必要か?

反省会という名の呑み会がはじまりました

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 稽古が終わり、深月たちが片付けをし始めたとき、おじさんたちが言い出した。

「明日はおやすみだし。
 今日は今までの稽古の反省会でもするか」

 いいね、いいねーとみんなが同意する。

 いや、反省会という名の呑み会なのだが。

「お前も出るのか、反省会」
と杵崎が横から深月に訊いてくる。

「はあまあ、一応」
と言うと、

「反省しないのにか」
と言う。

 ……なんなんですか、その決めつけは、と思う深月の横で、陽太は、
「車ないんだろ。
 呑めよ、船長」
とおじさんたちに迫られていた。

「いや、船が……」
と陽太は言いかけたが、則雄が清春を振り返り言う。

「清春、陽太と英を泊めてやれよ」

「いいですよ」
とあっさり清春は承諾した。

「客間に二人寝かせますから」

「なんだ。
 深月の部屋に寝かせてやれよ、船長だけでもー」
とおじさんたちが笑うと、

「いいですよ」
と清春はまた言った。

「じゃあ、深月を客間に寝かせるので、船長とヤモリと英は深月の部屋で」

「……いや、せめて、ヤモリは出せ」
と陽太は言った。





「万理ーっ。
 なんで、お前、マンションなんぞ買ったんだよっ。

 うちの畑売ってやるって言ったのにーっ」

 宴会が始まり、既に出来上がったおじさんのひとりが万理に絡み出した。

「だって、住んでみたかったのよーっ。
 最新の設備なんでもそろってるし。

 ゴミだって、自分で捨てにいかなくてもいいしー」

「ねえ、智志さとしくん」
と言われ、呼び出されて一緒に呑んでいた万理の夫、智志は、ははは、と小さく笑う。

 完全に尻に敷かれているが。

 まあ、これもまた幸せの形なんだろうな、と思いながら深月は眺めていた。

 こうして見ると、いろんな夫婦が居るなーと思いながら、おじさんおばさんたちも眺める。

「結婚か」
と律子が呟いた。

「恋愛と結婚は別だなって、最近、ほんと思うのよね。
 いっちゃんのことは、ほんと好きなんだけどさ。

 あ、清春の次にね」
と付け足したあとで、律子は酒を手に溜息をつく。

「いっちゃんが帰ったあと、冷蔵庫からデザートとか出してきて、食べながら寝転がってテレビ見てると、あー、やっぱり、ひとりの方が楽だなあって思ったりするのよね」

「でも、それでも結婚したいって思うのが、ほんとに好きってことなんじゃないの?」
と万蔵を迎えに来て、結局呑んでいる条子ながこが言う。

 すると、律子が反論し始めた。

「条子さんには、私の気持ちなんて、わからないってー。
 手のかかる男ばっかり選んで二度も結婚するような世話好きな人にはー」

「……りっちゃん?
 余計なことを言うと、あんたのあることないこと、そのいっちゃんとやらに吹き込むわよ」

 ひい、と律子以外の若い女たちも怯えた。

 子どもの頃からなにもかも知られている近所のおばちゃんは最強の存在だ。

「でも、ほんと結婚なんて運とタイミングよ」
と万理が言い出す。

「私はね、清春が深月にメロメロだから引いたのよっ。
 みじめな思いはしたくないし。

 清春に幸せになって欲しかったからっ」

 おいおい、旦那も清ちゃんたちの親も居るよ、という顔で、みんなが万理を見たが、万理はおかまいなしに語り続ける。

「ところがどうっ?」
と万理は深月たちの方を指差し言った。

「深月はいきなり全然違う、なんかすごいイケメン連れてきてっ。
 身を引いた私の立場はどうなるのっ。

 って思うんだけどっ。

 でも、程よく呑み会で智志くんに声をかけられて」

 みんなが、ええっ? 旦那が声かけたんだったの?

 てっきり、万理に引きずられて結婚したんだと思ってたっ、という顔をする。

「こういう純朴な人もいいなあって思ったのよ。

 初めてこっちが尽くしてもらえて、どきどきしたっていうか。

 顔は好みじゃなかったけど……。

 大事なことはそんなことじゃないんだってわかったわ。

 自分が好きな相手より、自分を好きな人と結婚した方が幸せになれるって、昔、どっかの誰かが言っていたけど」

 いや、誰だ、どっかの誰か、とビールの入ったプラスチックのコップを手に深月は思っていた。

「本当よ。
 清春と結婚してたら、ただ尽くすだけの人生だったと思うけど」

 そこで、清春が、

 待て。
 いつ尽くしてくれた?
という顔をする。

「智志くんは私に新しい世界を見せてくれたのよっ。
 智志くんっ、ありがとうっ」
と万理はいきなり夫に抱きつき、感謝の意を述べ始める。

 やっぱり、なんだかんだでいい夫婦だな、と深月が微笑ましく眺めていると、いきなり律子が立ち上がった。

「私、結婚してくるっ」

 は? と全員が律子を見た。

「私、今から結婚してくるっ」
と言って、スマホを手に出て行ってしまう。

「おい、律子っ。
 夜道は危ないぞっ」
とみなが声をかけたが、律子は外には出ずに、ホールで話し始めた。

 声が大きいので、此処まで聞こえてくる。

「いっちゃんっ、結婚してっ。
 今すぐにっ。

 そう、今すぐにっ!
 大丈夫。

 市役所、夜間も婚姻届受け付けてるからっ。

 宿直さん居なくても、市役所開けさせるしっ」
と言われ、市役所戸籍課の長浜という律子の後輩が呑みかけた酒を吹いていた。

「ほんとっ?
 嬉しいっ。

 じゃあ、すぐ来てっ」
と聞こえてくる。

「……いいのか? あれ?」
とおじさんたちが呟いていた。

「正気に返って後悔するんじゃないのか?」

「こういう酔って婚姻届出す奴が居るから、市役所、夜間は閉めとくべきなんじゃないのか?

 なあ、市議」
と言われ、隅で日本酒を注いでいた市議会議員の若い衆が、

 えっ? 俺っ?
と振り向く。

「大丈夫だろ、夜間は一時預かりだから、朝、撤回すれば」
と誰かが言ったが、万理は、

「いやあ、律子は正気に返っても撤回しないと思うわよ」
と言った。

「ああやって、ぐずぐず言ってたの。
 誰かに背中を押して欲しいだけなんだから。

 酒の勢いもときには大切よ」
と言う万理の言葉を聞きながら、深月は妙に納得していた。

 ……そうだな。
 大切だな、酒の勢い。

 日本酒にかわったプラスチックのカップを手に、チラ、と陽太を見ると、何故か、陽太も、チラ、とこちらを見ていた。

 だが、勢いもなにも、いろいろ考えすぎたせいか。

 その晩は二人とも、まったく酔わないまま、お開きになった。



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