上 下
79 / 95
理由が必要か?

神が舞い降りるのは俺だっ!

しおりを挟む
 

 翌朝、深月は秘書室で杵崎に、

「どうした。
 今日は遅かったじゃないか」

 俺まで遅刻するところだった、と言われた。

 ……いや、駐車場で待っててくださらなくていいんですよ、と思いながら、深月は杵崎と向かい合い、仕事をしていた。

「それが私の部屋の時計が七時二十分だったから、まだ早いなと思ってたんですけど。

 いつの間にか、止まってたみたいなんですよねー。

 どうも、夜の七時二十分だったみたいで。

 リビングに行ってみたら、もう七時十五分だったんです」
と深月が言うと、

「もしかして、部屋の時計は早くしてんのか?
 早め早めに動けるように」
と杵崎がパソコンを見たまま訊いてくる。

「っていうか、家の時計、どれも違うんですよね。
 私の部屋が七時二十分のとき、清ちゃんの部屋は七時十分で、リビングは七時なんです」

「お前の家は時差があるのか……」
と言われ、

「いやー、勝手にずれるんですよねー」
と深月は答える。

「誰かずらしてるんじゃないのか、お前、とろくさいから」

 清春さんとか、と言う杵崎に、
「いやいや、清ちゃんは部屋に勝手に入ってきませんから」
と言うと、

「昔からか」
と訊かれた。

「そうですね、そういえば」

「じゃあ、昔から意識してたんだな、やっぱり」
とこちらを見ずに杵崎は言う。

「そうだ。
 今度から俺も毎回、神楽の練習には顔を出すから」

「え、そうなんですか?」

「……俺もやることになったんだ」

 そこで、ようやく顔を上げた杵崎は、深月をまっすぐ見つめて言ってきた。

「神楽をだよ」




「支社長、聞かれましたか?
 杵崎さんも舞われるの」

 ハンコをもらいに支社長室に行ったとき、深月が陽太にその話をすると、陽太は何故か強張った顔で、

「……聞いた」
と言う。

 どうしてそんなに構えてるんだと思う深月の前で、陽太は重々しい口調で言ってくる。

「ついに、あいつも同じ土俵に上がってくるのか……」

 いや、なんの土俵?
と思う深月の手を取り、陽太は深月の名を呼んだ。

「深月」
「はい」

「俺は勝つ」

 だからなにに?
と思いながら、深月は陽太に握られているおのれの手を見る。

 昨日、夜道で手を握ってきたときには、緊張している風な陽太だったが。

 今は日差しが明るいせいか。

 他のことに意識が行っているせいか。

 陽太は特に照れてもいない。

 いや、こっちは緊張してしまうんですけど、と思いながら、深月は決意に満ちあふれた顔の陽太に手を握られていた。

 ……いや、だから、なんの決意?
と思いながら。
 



「いや、前から言われてはいたんだけどな。
 奥さんが実家に帰ったら、自分もついていくから、神楽には出られないかもって」
と陽太が神楽の練習に行くと、則雄が杵崎が参加することになった理由を教えてくれた。

 吉田さんという若い人が、初産の奥さんが早産になりそうなので、もしかしたら、出られないかもと以前から言っていたらしいのだ。

「ま、もともと聞いてたから、あんまり出番ない役を振ってたんだよ。
 だから、誰かが他の役と兼ねてもいいかって言ってたんだけど。

 ちょうどやる気のあるひでが居たから。

 それになんか盛り上がりそうだし」
と陽太を見て笑う。

 ……面白がってるな、その顔を見て陽太は思った。

 その日、杵崎は自分たちより少し早めに入って、稽古をつけてもらっていた。

「そうそう。
 上手いじゃないか!」
と早速、則雄に褒められている。

 ずっと稽古を見ていたので、ある程度動きが頭に入っていたようだ。

 則雄はもともと褒めて伸ばすタイプで、上手く調子に乗せてくれる人なのだが。

 杵崎に関しては、本気で褒めているようだった。

 昔から、なんでも要領よくこなす男だった杵崎は、今も筋がいいと褒められている。

 うっ、俺が苦労したのと同じ足さばきを一瞬でっ、
と衝撃を受けながらも、

 だが、神が舞い降りるのは俺だっ!
と思ったとき、後ろから扇子で脳天をはたかれた。

「何処見てんだ、ちゃんとやれよ」

 清春だった。

 さっきから清春と合わせて舞っていたのだが、杵崎の方が気になって、つい、チラチラ窺ってしまっていたのだ。

「集中しろよ。
 そんなんじゃ深月に呆れられるぞ」
と清春は痛いところ突いてくる。

 清春はチラとこらちを見たあとで言う。

「まあ、深月も今は新しい男が物珍しいんだろうが。

 結局は、ずっと近くに居て、見守っていた俺の方いいと気づくに違いない」
と言われ、ぐっとつまった。

 確かに。
 深月は清春と居るときの方がリラックスしている。

 身内なのだから、当たり前といえば、当たり前だが。

 ……兄であって、兄でないところがポイントだよな、と陽太は思う。

 ずっと一緒に居て、守ってくれて。

 寝起きも共にしているイケメンが、結婚もできる立場にあるとか、ズルすぎる、と思っていた。

 見れば見るほど清春は端正な顔をしている。

 すっと通った鼻筋。

 目許は見るからに知的な感じで。

 万理たちがちゃんと決まった相手も居るにも関わらず、まだ清春を思って騒ぐはずだ、という感じだ。

 口調はちょっとあれなときもあるが、なんだかんだで優しいし。

 こんな男がいつも自分の側に居て、守ってくれるとか。

 ……俺が女でもクラッと来るな、と思ってしまう。

 むしろ、何故、今まで深月が清春と付き合っていなかったのか、不思議なくらいだ。

 そんな風に考える陽太に清春が言ってきた。

「それに、深月が困ったときに頼りにするのは、結局、俺だしな」

「え?」

「昨夜、深月が困ったことがあるから助けてくれと言って、抱きついてきたんだ」
と言われ、どきりとした。

「俺がもう寝ようと思って、部屋に向かっていたとき、いきなりパジャマ姿の深月が部屋から廊下に走り出てきたんだ。

『清ちゃん、助けて』って。

 深月は俺にすがりついて言った。

『なんか居る』
 って」

「……なんか居る?」

「深月が寝ていたら、ものすごい大きな足音が耳の側でして、飛び起きたんだそうだ。

 変質者かと思って深月の部屋に入ってみたら、白いヤモリが窓際に居た。

 あいつら移動するとき、だいの大人が走るくらいの音立てて走るんだぞ、知ってたか?」

 いや、ヤモリに枕許に立たれたことはないので、知らないが……と陽太は思っていた。

「俺は深月に、
『大丈夫だ。
 白いヤモリと遭遇するといいことがあるらしいぞ』
と教えてやった。

『そうなんだー』
と深月は納得して、そのまま寝た」

「いや、ヤモリ、出してやれ」

「でも、置いとくと、いいことがあるんだぞ」

 やかましいだろうが、耳許走られたら、と思う陽太に、清春は自分で自分の言葉に納得するように頷きながら言ってきた。

「やはり俺は深月に頼りにされている」

「いや……たまたまそこに居ただけだろうが」
ととりあえず、思ったままを言ってみた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

懐古百貨店 ~迷えるあなたの想い出の品、作ります~

菱沼あゆ
キャラ文芸
入社早々、場末の部署へ回されてしまった久嗣あげは。 ある日、廃墟と化した百貨店を見つけるが。 何故か喫茶室だけが営業しており、イケメンのウエイターが紅茶をサーブしてくれた。 だが―― 「これもなにかの縁だろう。  お代はいいから働いていけ」 紅茶一杯で、あげはは、その百貨店の手伝いをすることになるが、お客さまは生きていたり、いなかったりで……? まぼろしの百貨店で、あなたの思い出の品、そろえます――!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ
恋愛
 ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。  一度だけ結婚式で会った桔平に、 「これもなにかの縁でしょう。  なにか困ったことがあったら言ってください」 と言ったのだが。  ついにそのときが来たようだった。 「妻が必要になった。  月末までにドバイに来てくれ」  そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。  ……私の夫はどの人ですかっ。  コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。  よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。  ちょっぴりモルディブです。

処理中です...