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理由が必要か?
難しいな、恋愛って
しおりを挟む神楽の練習に一緒に船で行こうと陽太に誘われた深月は、陽太がくれた炭酸水を手に、船のリビングのソファからベッドを見つめていた。
なにか思い出せるのではないかと思って……。
陽太は向かいの一人掛けの椅子から、一点を見つめている深月を眺めていた。
何故、ベッドを見つめているんだ、深月っ。
俺を誘っているのかっ?
だが、今日は操舵席に高岡さんも乗ってくれている。
ゆっくり船で食事しようと思ってのことだ。
高岡さん、飛び降りてくださいっ、と言うわけにもいかないし。
そんなこと言ったら、人のよい高岡さん、びっくりだ。
本当に飛び降りかねない、と思ったあとで、
いやまあ、ちょっと冷静になれ、俺、と陽太は気を落ち着かせる。
……深月が俺を誘ったりするわけはない。
まさか。
思い出しかけているとか? あの夜のことを。
そう思う陽太の前で、深月はまだベッドを見つめている。
「深月っ」
と陽太は呼びかけた。
「お、降りるかっ、そろそろっ」
深月は窓の外を見、こちらを見た。
「あの……、まだ海の上みたいなんですけど」
飛び降りろと?
という顔を深月がする。
「いやっ、今、降りないと大変なことになるんだっ」
と叫び手を握る陽太に、苦笑いして深月は言ってきた。
「ここから海に飛び込むよりも……?」
ちょっと落ち着こう。
深月があの晩のことを思い出そうとしているなんて、きっと気のせいだ。
そう自らに言い聞かせながら、陽太は操舵室へと向かった。
高岡は陽太より十くらい年上で、いつも笑っている、感じのいい男だ。
高岡は車でも船でも飛行機でもなんでも運転してくれるので、本当に助かっている。
口も堅いしな、と思いながら、高岡の後ろに立つと、高岡は海原を見たまま、まるでこちらの思考を読んだかのように、笑って言ってきた。
「私、飛び降りましょうか?」
いっ、いえいえ、と慌てて言うと、高岡は前を見たまま言ってくる。
「あ、そうだ。
わかりそうですよ、例の件」
「本当ですか?」
と陽太は高岡の座る椅子に手をかけ、身を乗り出した。
少し気になることがあったので、高岡に訊いてみたのだ。
高岡は一体、どんなネットワークを持っているのか。
ちょっと振った話でも、きちんと調べて答えてくれる。
車両部に派遣されて来ている人なのだが。
運転手より、秘書か執事の方が向いてそうだと思っていた。
そう言うと、高岡は、ははは、と笑い、
「いえいえ。
私の顔が広いわけではないんです。
実は、なんでも知ってる親戚が居ましてね。
ちょっと訊くと、さくっと調べてくれるんです」
と言う。
「そうなんですか。
そんなお身内が……。
あの、お礼はもちろん、高岡さんにもそのお身内の方にもしますので、ぜひ、よろしくお願いします」
と言いながら、チラと深月を振り返ろうとしたとき、高岡が言った。
「いやいや、お気遣いなく。
そいつの趣味なんで、いろいろ調べるの。
それより、そろそろお食事にされては?
もうすぐ着きますよ」
と言われたので、馴染みの店に頼んで運んでもらった食事を深月と食べることにした。
「ありがとうございます。
高岡さんの分はこちらに運びますね」
と言うと、
「いやいや、支社長にそんなご面倒をおかけしては。
いいですよ。
私はあとでゆっくり食べますから」
と高岡は言う。
「最高ですね、この船。
運転させてもらって嬉しいんで。
どうぞ、お気遣いなく」
と船を褒められ、機嫌の良くなった陽太は、深月がもう立ち上がり、外を見ていたこともあって、さっきまでの不安を一時忘れた。
突然、此処から飛び降りようとか言い出した怪しい陽太が操舵室に行ったあと、深月は立ち上がり、ベッドまで行ってみた。
寝室との仕切りは普段は開けられているので、リビングから丸見えだし、すぐに行ける。
深月はベッドをぽんぽん、と叩いてみた。
ちょっと座ってみる。
ちょっと寝てみる。
待てよ。
寝てみるはちょっと恥ずかしかったか、と起き上がったときにも、まだ陽太は高岡と話していた。
……なに話してるんだろ。
なんだかわからないが、嬉しそうだな、と陽太の笑っている顔を見て、深月も微笑む。
そして、支社長に気づかれないうちに、と深月は窓辺に移動し、外を眺めるフリをした。
いつも自転車で走っている海岸線沿いの道が見えた。
湾になっているので、ゆるやかなカーブを描いているその道を多くの車が走っている。
この道は、普段はそんなに交通量は多くないのだが、今はちょうど帰宅ラッシュの時間帯なので、さすがに多い。
ぼんやり自宅へ帰る車の列を眺めていると、陽太が戻ってきた。
「そろそろ食事にするか」
と言う。
「あ、はい。
じゃあ、高岡さんの分、お運びしましょうか」
と言って深月はキッチンに向かった。
だが、陽太は、
「いや、今はいいらしいから、下船するとき、忘れずに渡そう」
と言う。
深月が棚の引き出しを開け、デッキのテーブルを拭くためのフキンを探していると、グラスを取ろうとしたらしい陽太の腕が深月の鼻先を通った。
陽太の匂いと体温を感じる。
どきりとした深月だったが、ふと頭をよぎったものがあり、それを確かめるためにベッドの方を見た。
そして、再び、陽太を見上げる。
そのまま考えごとをしながら、陽太の顔を見つめている間、陽太はグラスをつかんだまま止まっていた。
やがて、陽太が口を開く。
「……やっぱり飛び降りてもらおうか」
また怪しげなことを口走る陽太に、は? と深月は訊き返した。
「どうしたんだ、深月は。
何故、船長を凝視している」
深月たちに遅れて神楽の練習を手伝いに行った杵崎は清春にそう問われ、
「……さあ」
と曖昧に答えた。
昨日、深月にキスしたのは自分の方なのに、何故か深月の興味は、より陽太の方に行ってしまったようなのだ。
深月は、さっきからずっと自分の出番でなく、用事もないときは、陽太の方を眺めている。
……難しいな、恋愛って、と杵崎は思っていた。
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