好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

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理由が必要か?

今はお前以外の女は考えられない

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「だったらとりあえず、水かけ女さんの彼氏さんに、まだ見ぬ公務員様を連れてきてもらえばいいと思うんですよねー」
と深月は秘書室で杵崎に愚痴る。

 次のコンパも仕切れと言われたからだ。

「今回来てた公務員さんたちでは駄目だったんでしょうから。
 彼氏さんの職場の人で、まだ来てない人を引っ張ってきてもらえばいいんですよ、五人」

「で、次はお前の知り合いの漁師に五人連れて来させて。

 次は俺の友人に五人連れて来させるのか?

 なんか次々布団でも買わされそうだな」

 マウスを動かしながら、ノートパソコンの画面を見て杵崎が言ってくる。

「っていうか、水かけ女ってなんだ?
 いい加減、名前訊いてやれ。
 確か、沢口だ。ところで、お前、俺とのキスは覚えているのか」

 切れ目がない。

 何処で話が切り替わったんだ……と思う深月は、思わず、清春を思い出していた。

 清春の話も切れ目なく、恐ろしい方向に向かったりするからだ。

 その清春は、
「まあ、船長が来なくても、英孝が居るから大丈夫か」
とかコンパの前に言っていたのだが。

 いや、この人がもっとも大丈夫ではない人でしたよ、お兄様……と深月は思っていた。

「どうした。
 もう忘れたのか、アバズレか」
と杵崎はノートパソコンを見たまま言ってくる。

「いや、そんな適当に訊いてこないでください」
と言うと、下を見たまま、

「正気に返ると恥ずかしいからだ」
と言う。

「何故、お前のような女がいいんだ、俺は。

 俺は自分に似合った大人のいい女と結婚して、素敵な奥さんですねって人に言われる人生を送る予定だったんだ」

 それは私と結婚したら、そう言われないって話なんですかね……?
と思いながらも、深月は黙って聞いていた。

 自分でも最近、結婚というものに対して、いろいろ思うことがあったからだ。

「陽太もそうだと思う。
 あいつも、お前のような女を好きになるつもりも、結婚するつもりもなかっただろう」
と陽太の気持ちを勝手に代弁したあとで、

「……でも、それが恋だと思う」
と杵崎は言った。

「……そうですね。

 ありがとうございます」

 深月はこんな自分なんかを好きだと言ってくれた杵崎に礼を言う。

 こんな人を好きになりたいとか。

 こんな生活を送りたいとか、そういう夢は自分にもあった。

 結婚しても、会社に通って、神社のお手伝いもして。

 時折、神社の床下に居る猫をかまって。

 そんな感じのなにげない暮らし。

 そういう風景にすっとハマるのは、きっと清ちゃんなんだろう。

 そう思うけど、でも……。

 今、頭の中で、神社の床下を一緒に覗いていたのは支社長だった。

 まさか、私が支社長を好きだとか……。

 いやいや、そんなこと、と思いながら、立ち上がりかけて、すとん、と座る。

 そんな自分を杵崎はじっと見ていた。

「……まあ、人の気持ちなんて、時間とともに変わるものだからな」

 そう言われ、

 そ、それはどういう意味で言っているのですか、と深月は慌てる。

 私がだんだん支社長を好きになっていっているとか?
と深月は思ったが。

 杵崎は、今現在、深月が陽太を好きだと思っているようで。

 そこから気持ちが動くかも、と言っているようだった。

「人の気持ちはうつろいやすい。

 俺もお前のことなんか別に好きじゃなかったのに。

 なんだか今はお前以外の女は考えられない。

 だから、お前もそのうち、俺を好きになるかもしれないぞ」
と杵崎は言い出す。

「え、でも、だったら、杵崎さんの気持ちが私を好きでない方に動くこともあるわけですよね?」
と訊いてみたが、杵崎は自分を見つめ、

「好みじゃなかったのに好きになったんだ。
 そう簡単には変わらないだろ」
と言ってくる。

 ……口調は相変わらす生真面目なんだが。

 意外にも言うことは情熱的だな、と少し気圧され気味に深月は思う。

「ちょ、ちょっと出てきますね」

 そう言い、さっき戻ってきたばかりなのに立ち上がる。

 二人で此処に居るのがちょっと気詰まりになってしまったからだ。

 深月は適当にその辺の封書をつかみ、さも重要なものであるかのように持って出た。

 だが、杵崎は秘書室の中の物のほとんどを把握しているので、

 いや、お前、それは総務から回ってきた事務用品の春の特売キャンペーンのお知らせだろうが、
と思っていたとは思うのだが。

 此処から逃げたい深月の気持ちを察してか、なにも言ってはこなかった。
 



 うーん、困ったぞ。

 一日のほとんどを杵崎さんと秘書室で過ごすわけだから。

 このまま気まずいままというわけにはいかない。

 なにかあの空気を打開できる話でも持ち帰らねば、と思いながら、行くあてもなく、深月が廊下を歩いていると、向こうから也美が急いでやってきた。

「深月、深月っ」
と手を振ってくる。

 いいところに来た、というように。

「ねえねえ、聞いたんだけど。
 杵崎さんって、巫女さん好きなの?」

 そうか、私がコンパで巫女さんを勧めてたからバレたんだな、と思っていると、也美は、
「ねえ、巫女さんのコスプレグッズって何処で売ってるの?」
と訊いてくる。

 いや、コスプレグッズ買ってどうする気だ。

 呑み会で着るのか?

 出し物のある忘年会以外は浮くような……と思いながら、深月は訊いてみた。

「雑貨屋とかネットショップにあるよ。
 っていうか、なんで私に訊くの?」

「だって、深月、いつも着てんじゃん」

「いや……、あれ、コスプレじゃないから」

 たまに謎のカメラ小僧みたいな人に物陰から写真を撮られたりすると、コスプレのような気もしてきてしまうが。

 そんなしょうもない話をして、也美とは別れた。

 この話題を持ち帰っても場はなごみそうにないな……。

 それでというわけではないが、まだ戻る気になれなかったので、深月は少し離れた棟とをつなぐ、長い長い渡り廊下を歩いた。

 窓の外を見ると、工場の向こうに、港と船が見える。

 隅の方にちょこんと陽太のクルーザーがあった。

 かなり大きなクルーザーなのだが、会社の船と比べたら、当たり前だが、ずいぶんと小さい。

 その船をぼんやり眺めがら深月は思っていた。

 思い出したいな、と。

 あの晩の支社長とのことを思い出したいな、と。

 何故、今、そんなことを思うのかわからないが。

 でも、何故か、いくら考えてみても、なにも思い出せなかった。

 いつか支社長が言ってたみたいに、一から検証してみたら思い出せるだろうか。

 そう思いながら、特売キャンペーンの封書を手に、社内一周して秘書室に戻った。


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