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理由が必要か?

あの日の夜――

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 陽太は壊れ物を扱うように、深月をそうっとベッドに降ろす。

 二人で眠った思い出のベッドだ。

 ……いや、肝心なところの記憶はないんだが、と思いながら、陽太はベッドの側にしゃがみ、寝ている深月の顔を眺めた。

 そのうち、深月が体勢を変え、こちらに顔を向ける。

 小さな唇を少しだけ開けて眠る深月の顔は、神々しいほど愛らしい。

 ……可愛い。

 俺だけがこんなに可愛いと思うのだろうか。

 それとも、誰でも?

 誰でもだったら、今すぐこの船で深月を連れて逃げねばっ、と陽太は真剣に考える。

 杵崎が居たら、自分も深月を好きなくせに、
「そこまでの女ですかね?」
と言ってきそうだな、と思いながら。

 それにしても、この状況……。

 俺は深月に、なにかしてもいいのだろうか、と迷いながら、陽太はベッドの周りをウロウロしていた。

 一度したんだからいいだろうとか言ったら殴られそうだしな。

 ……勇気あったな、酔っている俺、とまた思う。

 船も止めたし、ちょっと呑んでこようか。

 いやいや。

 明日仕事だし。

 寝ている間に手を出して、深月に泣かれるのも嫌だし。

 なにより、こんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こすのも可哀想……と思った瞬間、ん? と思った。

 ふと、身に覚えのない記憶がよぎったからだ。

 そうだ、あの日――。

 酒を呑んで意気投合した深月の手を引き、船に案内……

 しようとしたら、深月が桟橋から落っこちて。

 ひいいいいっ、この酔っ払い娘っ。

 とんだ巫女さんだっ、と引っ張り上げて、船の風呂に連れていった。

 で、なかなか風呂から出てこないと思ったら、深月は風呂で寝ていて。

 死ぬぞ、莫迦っ、と雪山のようなことを叫びながら、深月をベッドに運び。

 ここまで付いて来たんだから、オッケーなんだろう、と思って一緒にベッドに入ったのだが。

 深月があまりにも無邪気な顔で寝ていて――

 いや、だから、実際のところ、とんでもない酒豪の酔っ払いなんだが。

 酒臭いわりに寝顔はあどけなく。

 なんとなく、その顔を眺めていたら、ぎゅーっと母親にすがるように抱きついてきたので。

 ほんとうに可愛くて。

 思わず、子どもにしてやるように、背中をとんとん叩いてやったりとかして。

 酔って連れ込んだ女相手になにやってんだと思いながらも、微笑ましく深月の寝顔を見ているうちに――

 ……自分も寝てしまったんだった、
と陽太は思い出す。

 なんにもしてないじゃないか、俺っ!

 結局、ヘタレかっ。

 キスすらしていないっ。

 てか、こいつ、なんで、なんにもされてないってわからなかったんだ?

 ああ、処女だからか……。

 どうしたらいいんだ、と陽太は苦悩する。

 今まで、既に、なにかしてしまったので仕方がない、という感じで、深月は自分の側に居てくれた。

 あのとき、なにかあったと思っているからこそ、こうして一緒に滝行にも行けたことだし。

 いや、深月がほかほかになって出て来ただけで、なんの修行にもなってないんだが……。

 ……なにもなかったとわかったら、深月は俺から離れていってしまうんじゃないだろうか?

 っていうか、それ以前に、一晩一緒に居て、なにもできなかった腑抜ふぬけだと思われたくないっ!

 なんとかして、なにもなかったことを隠し通さねばっ。

 いや、そうだ。

 今すぐ、新しい既成事実を作ればいいんじゃないかっ?

 だが、深月に殴られそうだ、と陽太は苦悶しながら、癖でか、また寝ている深月の背中をとんとん叩いてやって。

 ぎゅっと抱きつかれて浮かれて寝てしまった。

 ……駄目だ。

 好きすぎて無理強いできん。

 こんなに好きになる前になにかしておけばよかったっ!
と後ろから深月と清春と英孝に飛び蹴りを食らわされそうなことを思いながら、陽太は眠りに落ちた。
 


 やはり、俺に勇気はなかったようだ……。



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