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理由が必要か?
俺は最初からそのつもりだ
しおりを挟むしまった……。
華麗に深月を送り出したのに、ホールにスマホ忘れてきたっ、
と万理は焦る。
置いて帰ろうかなー。
でも、ないと困るしなー。
出てきた船長に頼んで取ってきてもらおうかな。
そう思ったそのとき、清春がロビーに出てきた。
たまたま出てきたのか、深月が帰ったことを察してかはわからないが。
ひっ、こっち見てるっ。
いつもならときめくのに、今日は凍りついた。
まだ見てるっ。
にこっと笑って帰るか。
……いや、変だ。
普段の自分なら、いつも何処からでも清春を見かけると、走っていくのに。
観念した万理は笑顔を浮かべ、中に戻った。
「きよ……」
清春、私のスマホ、見なかったー?
と軽く訊くつもりだった。
だが、
「万理」
と低く呼びかけられ、きよ……のままフリーズする。
「深月を知らないか?」
ひーっ。
やっぱりそう来たかっ。
っていうか、その綺麗な目でまっすぐに見つめないでっ。
清春の茶がかった瞳には、この世の中の穢れたことなんて知りませんという風に書いてある。
神職になるために生まれてきたような男だ。
そして、深月もだ。
深月の、清春とは対照的な黒々としたあの瞳。
あれで、捨てられた仔犬のように見つめてこられると、にっくき恋敵なのに、拾いたくなる。
「さあ?
一旦、帰ったのかな?」
と万理は言う。
「一旦、帰ったって?」
「ああ、今日、うち旦那出張なんで、女子会なの。
さっき、深月にも声をかけたのよ。
律子の会社にいる深月の友だちも来ることになったから」
と言った。
いや、律子の会社に深月の友だちがいるのは本当なのだが。
今日は呼んではいない。
「私も準備あるんで、帰るわ。
じゃ」
と万理はスマホを探しにホールに戻る。
大丈夫よね?
普通に笑えてたよね?
とひやひやしながら入ったところで、陽太と出会った。
万理は小声で陽太を罵る。
「なにやってんのよっ、艦長っ。
早く深月を追いかけて行きなさいよっ」
と思わず言って、
「……船長です」
と言い直されてしまったが。
いや、船長でもないが、と思いながら、陽太は夜道を急いでいた。
一緒に出たら、清春に気取られると思ったのか。
深月は先に出てしまったようだ。
こんな夜道をひとりで歩くなんて危険じゃないか。
鬼の面でも被らせておけばよかった、と思いながら、陽太は急いで後を追う。
怖いからか、早く清春から遠ざかりたいからか。
ひとり、せかせかと歩いている深月の後ろ姿がスーパーの近くに見えた。
急いで近づき、
「おい」
と肩に手を置くと、
ひーっ、と深月が殺されそうな悲鳴を上げた。
「……俺だ、莫迦」
と言ったとき、誰かがこちらを見ているのに気がついた。
いつの間にかパトカーが背後に忍び寄っていて、中からお巡りさんがこちらを見ている。
「カ、カップルですっ。
カップルっ」
ほらっ、と陽太は慌てて深月と手をつないで見せた。
「……そうですか。
カップルですか」
と運転していた方の若い警官が渋い顔で言う。
その声にか、赤くなって俯いていた深月が顔を上げ、あっ、という顔をした。
「白崎っ」
とその警官を見て叫ぶ。
自分が肩を叩いたときより、ひいっ、という顔をしていた。
「……お疲れ様ー」
と深月に言って、パトカーは行ってしまう。
「誰だ、今のは……」
「同級生です~」
やばい。
広まる~っ、と深月は怯える。
「狭い街だな」
と呟いたあとで、陽太は、
「まあ、いいじゃないか」
と言う。
「広まっても、別にいいだろ。
もうすぐ結婚するんだし」
「は?」
「はじゃないだろ。
俺は最初からそのつもりだ。
お前、俺とあそこまでしておいて、責任取らせないつもりか、淫乱女め」
と深月を罵り、手をつかみ変えた。
「さ、行くぞ。
急がねば」
と船へと急いだ。
それにしても、酔っていた俺、勇気があったな、と思いながら。
正気な自分では、この深月に手なんて、簡単には出せないんだが……。
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