好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
55 / 95
支社長室に神が舞い降りました

夕暮れどきのいい雰囲気だぞ

しおりを挟む



 帰りの電車の中で、深月がまだ錠剤の話をしていると、陽太は笑い、

「今日は二人の楽しい思い出が共有できたな」
と言ってくる。

 いえいえ。
 共有できたのは、人様の小話ですよ。

「あの話の続きが気になるのなら、やはり、興信所の人間を雇って、あの二人を探させようか。

 お前のためなら、やぶさかではない」
と陽太は言い出すが。

 いや……続き気になってるの、貴方じゃないですかね?
と深月は思っていた。

 そんな話をしているうちに、神社近くの駅に着いていた。

「船は便利だが、車もいるな」
と駅から歩きながら言う陽太に、

「でも、電車も楽しいですよね」
と深月は笑って答える。

「まあな。
 だが、今度、お前と出歩くときのために、この近辺に車を一台買って置いておくよ」
と陽太は言い出す。

 それだけのために、わざわざ?

 なんというもったいないことをっ。

 金持ちの考えることはわからんな、と深月が思ったときには、もう神社のある通りまで来ていた。

 ふいに足を止めた陽太は、深月を振り返り、言う。

「別れ際にキスとかしないのか。
 夕暮れどきのいい雰囲気だぞ」

 突然、なにを言うんだ、と思いながらも深月は言った。

「いや……此処、住宅街ですよ。

 みんな見てます」

「大丈夫だ。
 こんな黄昏どき、誰の顔も見えていない。

 見えにくいから、『かれ』どきって言うんだろうが」
と陽太は言うが。

「いや、貴方の後ろを通っている豆腐売りのおじさんの顔もハッキリ見えています」
と深月は言った。

 今どき珍しい、自転車に売り物の豆腐を乗せたおじさんがラッパを吹きながらやって来たのだが。

 立ち止まっている自分たちの顔を見ながら通り過ぎている。

 視線を追った陽太は、
「コンタクトを外せっ」
と言ってくる。

「いや、それだと私が見えてないだけですよね」
と言うと、

「仕方のない奴だな」
と叱りながらも、陽太は、そっと深月の頬にキスしてきた。

 陽太の口調は強かったが、その口づけは、小鳥のように怯え気味で穏やかだった。

 深月は笑ってしまいそうになる。

「……おやすみなさい、支社長。
 今日はありがとうございました」

 少し笑ってそう言うと、

「外では支社長はよせ」
と陽太は照れたようにこちらを見ないまま、言ってくる。

 なので、
「じゃあ、船長。
 ありがとうございました」
と言ってみたのだが。

「……いや、それもやめてくれ。
 全然、距離感縮まった気がしないから」
と陽太は言ってきた。




 その頃、杵崎はまだ自転車のところに居た。

 店主ももう呆れるを通り越して、温かい目で見つめている。

 毎日、此処から小一時間動かない自分を。

 タイヤの具合を見るフリをしながら、しゃがみ込んで自転車を見つめていると、

「はい」
と店主のおじさんが紙コップに入ったコーヒーを差し出してきた。

「え」

「いや、寒いから」
と店主は笑っている。

「あ、ありがとうございます」
と受け取りながら、申し訳ないから、なにか買って帰らねばな、と杵崎は思う。

 特にいらないが、空気入れとかタイヤとか、と思ったとき、店主のおじさんは店内に戻りながら、

「いや、気にしないで。
 あんた見てんの、暇つぶしにいいから」
と言って笑う。

 杵崎はありがたく湯気の立つ珈琲をいただきながら、自転車を眺めた。

 これを買ってどうするんだろうな、俺は、と思う。

 結局、使えなくて、むなしい思いで眺めることにならないだろうか。

 いやいや。

 こうして迷っては立ち止まるから、俺の人生、パッとしないんじゃないのか?

 会長の親族だと言って支社に行ったら、変にこびへつらわれたり、やっかまれたりするんじゃないかと思って伏せてみたりもしたが。

 陽太の奴は、堂々とやってきて、結構上手く支社長をやっているし。

 一宮とも、するっと仲良くなって、今ではベッタリ側に居る。

 そうだ。
 考えすぎはよくないっ、と杵崎は立ち上がった。

「これくださいっ」
とその自転車を指差す。

「まいどありっ」
とオヤジが笑った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

貞操逆転世界なのに思ってたのとちがう?

イコ
恋愛
貞操逆転世界に憧れる主人公が転生を果たしたが、自分の理想と現実の違いに思っていたのと違うと感じる話。

あやかしが家族になりました

山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。 一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。 ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。 そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。 真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。 しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。 家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...