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支社長室に神が舞い降りました
舞っているときは五割増し、いい感じに見える
しおりを挟む翌朝、深月が駐車場の前を通ると、いつものように杵崎が居た。
「乗って行きますか?」
と自転車を止めて訊く。
杵崎が乗らないと言うのはわかっているのだが。
なんとなく習慣で。
ひとりが自転車で駆け抜けてくのも悪いしな~と思ったとき、いつものように杵崎が、
「いや」
と言ったので、では、とペダルを踏もうとしたら、杵崎が続けて言ってきた。
「まだ、そのときではないからな……」
そのときって、どのときっ?
と思いながら、深月は何度も振り返りつつ、入口脇の駐輪場まで行った。
仕事の合間、深月が引き継ぎのために支社長室を訪れると、陽太が言ってきた。
「昨日、つくづく思ったんだが。
舞っているお前をみんなに見せたくないな」
それでは祭りになりませんが……と深月は思う。
深月の舞が導入部というか、神楽の始まりだからだ。
「お前は舞っているときは五割増し、いい感じに見える。
衣装を着たら、更に二割だ」
……元の私は何割なんでしょうね、と思ったとき、陽太が訊いてきた。
「ところで、日曜は本当に忙しいのか」
「あー、いつも清ちゃんに任せきりなんで。
おじいちゃんもそろそろ退院だから、荷物も片付けに行かないと」
そうか、と陽太は言う。
「水垢離か滝行にでも連れてってやろうかと思ってたのに。
お前が穢れたのは、俺の責任だし」
水垢離か……と思ったとき、後ろから声がした。
「水垢離なら、船から突き落とせばいいんじゃないですかね?」
わっ、と振り返る。
杵崎が立っていた。
「居たのか、英孝」
と思わず言う陽太に、杵崎は、
「名前で呼ばないでください。
うっかり私情を交えそうなので」
と言ってくる。
「私情ってなんだ?」
「このボケがっ、とか支社長に言わないようにすると言うことですよ」
と言いながら、杵崎は、
「印鑑押せてません、此処」
と書類を陽太に見せる。
深月が横から覗き込むと、なるほど、少しかすれて押印されている。
……細かいな、と深月が思ったとき、陽太も、
「細かいな」
と呟いていた。
「社内のちょっと回すだけの書類じゃないか」
「今度から気をつけてくださいね」
と陽太の弁解はまったく聞かずに注意して、杵崎は出て行く。
閉まった扉を見ながら深月は言った。
「杵崎さんって、こだわりどころが人と違いそうな人ですよね」
そうだな、と陽太は溜息をついて言う。
「妙なところで潔癖症だしな。
会長の親族であることを隠して、此処に居るのもそれでなんじゃないか?
実力で勝負したいから。
……堂々名乗りを上げて此処に来た俺が莫迦みたいだな」
と陽太が言うので、
「そんなことないですよ。
支社長はちゃんとやってますよ。
誰も、若いくせに支社長になった経験不足のバカ殿だとかは言ってませんから」
とうっかり言って、
「……誰もそこまで言ってなくないか?
お前が腹の底で思ってんじゃないのか?」
と睨まれ、慌てて逃げた。
結局、なんの打ち合わせにもならなかったな、と思いながら、深月が外に出ると、杵崎が待っていた。
「……なにを清めるんだ? 一宮」
と訊かれる。
「水垢離までして、お前は何を清めたいんだ?」
とあの鋭い眼光で訊いてくる。
怖いよ……。
またコンタクト入ってないのかな?
と思いながら、
「今日は裸眼ですか? 杵崎さん」
と訊いて、
「いや」
と言われる。
希望は潰えた。
本当に睨まれているようだ……。
「まさか、大祭の前にその身を穢すようなことはしてないだろうな」
とお前は清ちゃんか、と問いたくなるようなことを杵崎は言ってくる。
「……だ、大丈夫ですよ、はい」
と深月は適当な返事をした。
『していない』とは言わずに。
「あっ、クリップ忘れました」
と言って、深月はくるりと向きを変え、支社長室に戻る。
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