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支社長室に神が舞い降りました

公私混同ではありません

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 翌朝、深月が自転車で駐車場の前を通ると、杵崎が立っていた。

 こちらを見ている。

 深月は、自転車を止め、
「おはようございます。
 大丈夫ですか? 時間。

 乗せていきましょうか?」
と訊いてみた。

 なんか睨まれてる感じだけど。

 きっと目が悪いからだよね、と自分に言い聞かせながら。

「結構だ。
 工場内の道路でも二人乗りは禁止だぞ」
と四角四面なことを言ってくる杵崎に、はーい、と言って、深月はふたたび自転車を漕ぎ始めた。
 



 大丈夫だ、と杵崎は思っていた。

 えっちらおっちら自転車を漕いで行く深月の後ろ姿を眺めながら。

 大丈夫だ。
 今日は一宮に話しかけられても動揺しない。

 今は巫女さんの格好してないからな。

 ……そういえば、巫女さんと結婚しても、家では普通の格好してるんだよな、と思いながら、杵崎は歩き出す。




 朝、陽太が仕事をしていると、支社長室に深月がやってきた。

 もう此処へ来る言い訳になにかを持ってこなくてもいいので、手ぶらだ。

 その深月が、
「なんか杵崎さんが睨むんですけど」
と言ってくる。

 お前に気があるんじゃないのか?
と陽太は思っていたが、書類を見ながら、ふーん、と流す。

 杵崎は興味のない相手なら、睨みもしない。

 だが、深月にそのことを教えるつもりはなかった。

 変に意識されても困るからだ。

「では、来週からお世話になります」
と深々と頭を下げてくる深月に、

「別に今週から入っても構わんぞ」
と言ってみたが、

「いえ、引き継ぎしないとですし。
 いきなりの抜擢で、風当たりも強そうですしね」
と言う。

「別に秘書なんて大抜擢とかいう代物でもないだろ」

「それは支社長が貴方でない場合ですよ」
と言いかけ、深月は言葉をにごした。

 玉の輿狙いの女どもに嫌がらせでもされているのだろうかな。

 むしろ、立場をハッキリさせてやった方がいいのだろうか。

 ま、深月に嫌がらせをした相手の方がひどい目に遭っているようだから、大丈夫か、とこの間のびしょ濡れ女を思い出しながら、陽太は思った。

 深月自身は相手にやり返すつもりはなかったようなのに。

 ……神の祟りだろうかな。

 では、深月に手を出した自分も祟られるのだろうか。

 とりあえず、清春に祟られそうだが、と思ったとき、杵崎が内線電話で、人事部長と営業部長が来たと告げてきた。

「あ、では、私は」
と帰ろうとする深月を引き留める。

「秘書が帰るな。
 側で様子を見てろ」

 だが、やってきた人事部長たちはジロ、と深月を睨む。

 深月は小さくなっていた。

 ほら~、こうなると思ってたんですよ、という顔を深月はしていた。

 人事部長はどうやら、玉の輿狙いの深月が陽太を籠絡し、陽太に頼まれた会長が深月を秘書に抜擢したと思っているらしい。

 此処は俺がビシッと言うべきだな、と陽太は思う。

 深月の方を見ている人事部長たちに言った。

「いろいろ憶測が乱れ飛んでいるようですが。
 私は公私混同して、彼女を秘書に選んだわけではありません」

 そのあと、深月の能力の高さについて語ろうと思ったが、残念ながら思いつかなかった。

 そこで、
「貴方がたは、私が彼女を膝に乗せて――」
と陽太は深月の手を引く。

「こんな風にして仕事をするとでも……」
とみんなの前で深月を膝に座らせたが。

 ふと見ると、深月は真っ赤になって俯いている。

 自分も膝に乗った深月の柔らかな感触になんだか、どぎまぎしてしまった。

 沈黙したまま、二人で俯く。

「……お、降りろ、一宮」
と慌てて手を離すと、はいっ、と言った深月は、ぎくしゃくした妙な動きのまま、隅の方へと逃げ去った。

「とっ、ともかく、公私混同はしていませんから」
と陽太は訴える。

 いや、思い切り、公私混同してる気もするが、と思いながら顔を上げると、何故か人事部長たちは微笑ましげに笑っていた。

「まあ……、年寄りが口を出すことではないかな」

「そうですなー。
 私の若い頃なんて――」

「そういえば、入社した頃、ほんとに本社の取締役が秘書を膝に乗せてて――」
と笑い話をしながら去っていってしまった。

 誰だよ、その取締役……と思いながら、陽太は見送る。

 何故だかわからないが、嵐は去っていったようだった。


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