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支社長室に神が舞い降りました

嫌がらせをされてしまいましたっ

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「異動の発表があって、早速やられたんですよ……」

 異動の掲示があった日の昼休み、深月は社食で由紀たちに、そう打ち明けた。

「どうもその人たち、正式発表になる前から怪しいと思って私の動向を見張ってたみたいで」

「暇な奴もいるものね」
と言った由紀が、

「で、どいつらよ?」
と言ってくるので、深月は社食の入り口にいる一団を指差し、

「あそこの人たちです。
 あの、まだ髪がちょっと濡れている人たち。

 さっきやられたばかりなんで」
と言った。

「……いや、なんでやった方が濡れてんのよ」
と言った由紀に、沙希が言う。

「見てたわよ、私は。
 あいつらが私より先に深月に嫌がらせを始めるところを」

 ずっと私に嫌がらせをしようと見張ってたのに、何故、出遅れるんですか、向田さん……。

 昼休みの少し前。

 深月が社内を回っていたとき、いきなり、トイレからバケツとともに、水が飛んできた。

 誰かがトイレの中から、深月に向かって、水のたっぷり入ったバケツを投げたか、蹴ったかしたらしい。

 トイレの中から数人の女の話し声と抑えたような笑い声が聞こえてきた。

 ついに嫌がらせがっ、と深月は凍りつく。

 だから秘書になるの、嫌だって言ったんですよ、支社長~っ、と深月は手にしていた配り物の紙の束を抱き締める。

 嫌がらせをされたということで、心臓がきゅーっと痛くなったが。

 幸いにも、廊下が水浸しになって通れないだけで、配り物も深月も水を被ってはいなかった。

 それにしても、たまたま、ここを通りかかったのに水の入ったバケツを用意してたなんて、準備良すぎだと思ったのだが。

 見れば、壁の側に掃除道具の入ったワゴンがある。

 清掃中の黄色い看板は横に避けられていたが、まだ清掃後の片付けが終わっていなかったようだ。

 たぶん、掃除のおばちゃんが片付け終わる前に、別の用事で呼び出されたか何かで、どこかへ行ってしまったのだろう。

 そこに、深月をよく思わない連中がトイレに入り込み。

 ひそひそ話していたところに、運悪く、深月が通りかかったのだ。

 それで、まだ置きっぱなしだった水の入ったバケツを、あの飛んできた角度からして、蹴ったようだった。

 掃除後の水なんだろうな。

 触りたくないから、蹴ったに違いない、と深月は思う。

 その広範囲に飛び散った水と水たまりを見ながら、深月は、
 こいつら、あとで片付ける気あるんだろうか……? と思う。

 掃除のおばちゃんに掃除させたら可哀想ではないか。

 かと言って、私が掃除するのもなにか違うしなー、と水たまりを見つめている間、トイレの中から、くすくす笑っている声が聞こえてきていた。

 深月が困って震えていると思い、面白がっているようだった。

 その声を聞いたとき、ここで迂回うかいするのも、すぐに掃除をはじめるのもなんだか違う、と思った。

 そのとき、ふと視界に掃除道具入りのワゴンが入った。

 モップがある――。

「魔が差したんでしょうかね」
と深月は語る。

「そのモップを見たとき、ふと思ったんです。
 これで、棒高跳びのように飛べないかなって」

「なんでそんなこと、ふと思うのよ」
と言う由紀に、

「嫌がらせとかされてショックだったんですかね?」
と深月は言った。

「水をまかれるという事態は想定してませんでしたしね」

 そう呟くと、
「あんた、靴になにか入れられる想定しかしてなかったもんね……」
と沙希が言う。

「ともかく、迂回したら、負けた気がすると思ったんですよ。

 それで、勢いつけて、水たまりにモップをついて、飛んだんです。

 でも、やりなれないことはするもんじゃないですね。

 着地でよろけて、モップはふっとんでくし。

 転びはしなかったんですけど、手のひらを激しく打ち付けて、最悪でした……」

 ほら、と深月はうっすら赤くなっている手のひらの付け根あたりをみんなに見せた。

「いや、どこよ?」
と由紀たちが覗き込んだとき、

「最悪だったのは、私よっ」
とまだ髪の濡れている女がやってきて、怒鳴り出した。

 話を聞いていたようだ。

「あんたが派手に水たまりにモップ突っ込んだせいで、水は浴びるわ、顔にモップを叩きつけられるわ」

「いや、ふっ飛んでったんですよ……」

 不幸な事故です、と深月は言った。

「あそこまでやるつもりはなかったんですが……」

 いやいやいやっ、と女は叫ぶ。

「これじゃ、どっちが嫌がらせしてんのかわかんないじゃないのよっ」
と怒鳴られ、

「水たまりの掃除、手伝ってあげたじゃないですか」
と深月は言った。

 だが、女はまだ怒りがおさまらないようで、更に文句をつけてくる。

「だいたい、なによっ。
 あんたまだ、たいして仕事もできない新入りでしょっ?

 なのに、支社長秘書とかどういうことっ?」

 でも、たぶん、支社長がジイさんだったら、こんなにお怒りはないですよね……と思う深月に彼女は言った。

「入社して何年も経ってない新参者のくせに、態度デカイのよっ。

 入社して五年は隅でじっとしときなさいよっ」
と言われ、深月は気がついた。

「そういえば、この会社で一番の新参者は支社長ですよね。
 入社式よりあとに来られたから」

「は?」
という女の後ろを見て深月は言う。

「支社長、この方たちが、支社長を新参者だと――」

「いっ、言ってないわよっ」
といつの間にか、背後にいた陽太と杵崎を見て、慌てて女が叫ぶ。

「……もう~っ。

 なんなのよっ。
 なんなのよっ、あんたっ!」

 引っ込みがつかなくなり、陽太の前でも深月を怒鳴る女を一緒に水をかぶった仲間たちが、愛想笑いをしながら、引きずっていった。

 話を聞いていたらしい杵崎が去っていく彼女たちを見ながら、
「やりすぎだろ」
と言ってくる。

「だから、不幸な事故ですよ」

 いや、ほんとに、と言う深月に、沙希が小声で言ってきた。

「あんたを敵に回さなくてよかったわ。
 なんだかんだで、ひどいことされそうだから……」
と。


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