39 / 95
支社長室に神が舞い降りました
嫌がらせをされてしまいましたっ
しおりを挟む「異動の発表があって、早速やられたんですよ……」
異動の掲示があった日の昼休み、深月は社食で由紀たちに、そう打ち明けた。
「どうもその人たち、正式発表になる前から怪しいと思って私の動向を見張ってたみたいで」
「暇な奴もいるものね」
と言った由紀が、
「で、どいつらよ?」
と言ってくるので、深月は社食の入り口にいる一団を指差し、
「あそこの人たちです。
あの、まだ髪がちょっと濡れている人たち。
さっきやられたばかりなんで」
と言った。
「……いや、なんでやった方が濡れてんのよ」
と言った由紀に、沙希が言う。
「見てたわよ、私は。
あいつらが私より先に深月に嫌がらせを始めるところを」
ずっと私に嫌がらせをしようと見張ってたのに、何故、出遅れるんですか、向田さん……。
昼休みの少し前。
深月が社内を回っていたとき、いきなり、トイレからバケツとともに、水が飛んできた。
誰かがトイレの中から、深月に向かって、水のたっぷり入ったバケツを投げたか、蹴ったかしたらしい。
トイレの中から数人の女の話し声と抑えたような笑い声が聞こえてきた。
ついに嫌がらせがっ、と深月は凍りつく。
だから秘書になるの、嫌だって言ったんですよ、支社長~っ、と深月は手にしていた配り物の紙の束を抱き締める。
嫌がらせをされたということで、心臓がきゅーっと痛くなったが。
幸いにも、廊下が水浸しになって通れないだけで、配り物も深月も水を被ってはいなかった。
それにしても、たまたま、ここを通りかかったのに水の入ったバケツを用意してたなんて、準備良すぎだと思ったのだが。
見れば、壁の側に掃除道具の入ったワゴンがある。
清掃中の黄色い看板は横に避けられていたが、まだ清掃後の片付けが終わっていなかったようだ。
たぶん、掃除のおばちゃんが片付け終わる前に、別の用事で呼び出されたか何かで、どこかへ行ってしまったのだろう。
そこに、深月をよく思わない連中がトイレに入り込み。
ひそひそ話していたところに、運悪く、深月が通りかかったのだ。
それで、まだ置きっぱなしだった水の入ったバケツを、あの飛んできた角度からして、蹴ったようだった。
掃除後の水なんだろうな。
触りたくないから、蹴ったに違いない、と深月は思う。
その広範囲に飛び散った水と水たまりを見ながら、深月は、
こいつら、あとで片付ける気あるんだろうか……? と思う。
掃除のおばちゃんに掃除させたら可哀想ではないか。
かと言って、私が掃除するのもなにか違うしなー、と水たまりを見つめている間、トイレの中から、くすくす笑っている声が聞こえてきていた。
深月が困って震えていると思い、面白がっているようだった。
その声を聞いたとき、ここで迂回するのも、すぐに掃除をはじめるのもなんだか違う、と思った。
そのとき、ふと視界に掃除道具入りのワゴンが入った。
モップがある――。
「魔が差したんでしょうかね」
と深月は語る。
「そのモップを見たとき、ふと思ったんです。
これで、棒高跳びのように飛べないかなって」
「なんでそんなこと、ふと思うのよ」
と言う由紀に、
「嫌がらせとかされてショックだったんですかね?」
と深月は言った。
「水をまかれるという事態は想定してませんでしたしね」
そう呟くと、
「あんた、靴になにか入れられる想定しかしてなかったもんね……」
と沙希が言う。
「ともかく、迂回したら、負けた気がすると思ったんですよ。
それで、勢いつけて、水たまりにモップをついて、飛んだんです。
でも、やりなれないことはするもんじゃないですね。
着地でよろけて、モップはふっとんでくし。
転びはしなかったんですけど、手のひらを激しく打ち付けて、最悪でした……」
ほら、と深月はうっすら赤くなっている手のひらの付け根あたりをみんなに見せた。
「いや、どこよ?」
と由紀たちが覗き込んだとき、
「最悪だったのは、私よっ」
とまだ髪の濡れている女がやってきて、怒鳴り出した。
話を聞いていたようだ。
「あんたが派手に水たまりにモップ突っ込んだせいで、水は浴びるわ、顔にモップを叩きつけられるわ」
「いや、ふっ飛んでったんですよ……」
不幸な事故です、と深月は言った。
「あそこまでやるつもりはなかったんですが……」
いやいやいやっ、と女は叫ぶ。
「これじゃ、どっちが嫌がらせしてんのかわかんないじゃないのよっ」
と怒鳴られ、
「水たまりの掃除、手伝ってあげたじゃないですか」
と深月は言った。
だが、女はまだ怒りがおさまらないようで、更に文句をつけてくる。
「だいたい、なによっ。
あんたまだ、たいして仕事もできない新入りでしょっ?
なのに、支社長秘書とかどういうことっ?」
でも、たぶん、支社長がジイさんだったら、こんなにお怒りはないですよね……と思う深月に彼女は言った。
「入社して何年も経ってない新参者のくせに、態度デカイのよっ。
入社して五年は隅でじっとしときなさいよっ」
と言われ、深月は気がついた。
「そういえば、この会社で一番の新参者は支社長ですよね。
入社式よりあとに来られたから」
「は?」
という女の後ろを見て深月は言う。
「支社長、この方たちが、支社長を新参者だと――」
「いっ、言ってないわよっ」
といつの間にか、背後にいた陽太と杵崎を見て、慌てて女が叫ぶ。
「……もう~っ。
なんなのよっ。
なんなのよっ、あんたっ!」
引っ込みがつかなくなり、陽太の前でも深月を怒鳴る女を一緒に水をかぶった仲間たちが、愛想笑いをしながら、引きずっていった。
話を聞いていたらしい杵崎が去っていく彼女たちを見ながら、
「やりすぎだろ」
と言ってくる。
「だから、不幸な事故ですよ」
いや、ほんとに、と言う深月に、沙希が小声で言ってきた。
「あんたを敵に回さなくてよかったわ。
なんだかんだで、ひどいことされそうだから……」
と。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話
猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。
バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。
『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか?
※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です
※カクヨム・小説家になろうでも公開しています
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる