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理由がありませんっ
はめられましたっ!
しおりを挟む次の土曜にまたコミュニティセンターで稽古があった。
「そうかー、いよいよ練習に参加してくれるのか。
ありがとう、陽太」
と則雄に肩を叩かれ、陽太はちょっと嬉しそうだった。
おじさんたちも大歓迎だ。
「ずいぶん遅れて始めることになりますが。
大丈夫でしょうか。
とりあえず、どんな感じか見てみたいんですが」
「ああ、大丈夫」
と則雄は笑い、陽太の前で踊っている男を指差す。
「それだから、陽太がやる役」
え? と深月は陽太と二人、ステージを見た。
「さっきから、ずっと目の前でやってた奴」
と則雄は笑う。
「……そういえば、この間から、何度となく、この人を見ているような」
と陽太が呟くと、やっていた清春の友人、喜一が手を振った。
「そうそう。
あんたなら、見てるだけで覚えるかなと思って。
それで、ずっと目の前でやってたんだよ。
僕は当日、学校行事があるんで、間に合うかどうかわからないから」
と教員の喜一は笑う。
「知能犯め……」
と陽太は呟いた。
そうか。
それで、この間も此処に座れとか言って、ご丁寧にパイプ椅子まで用意して、喜一さんの動きがよく見える位置に座らされてたのか、と気がついた。
自分の舞でいっぱいいっぱいで。
万蔵が参加できなくなったせいで、誰がどう役を動く予定なのか、いまいちわかっていなかったから。
ちなみに、万蔵は足以外は相変わらず、元気いっぱいだ。
「……はめられた」
と陽太は呟く。
「そういえば、いつの間にか、覚えてしまってるじゃないかっ」
「さすがですね」
と深月は苦笑いした。
則雄たちの作戦にバッチリはまってしまったようだった。
その日、陽太は少しだけ舞い、あとは衣装のサイズが合うかどうかだけ確認して終わったようだった。
「支社長、お疲れ様です」
と深月が側に行くと、陽太は相変わらず、万理たちに囲まれている清春の方を見て言う。
「お前の兄貴はモテるな」
はあ。
人妻と彼氏持ちとおばあちゃんたちに……。
「……何故、お前がいいんだろうな。
いい男なのに」
いや、貴方もですよ。
っていうか、この人の場合は行きがかり上、仕方なくかな、と深月は思った。
「あの~、頼んでおいてなんなんですけど。
舞うことになって、大丈夫ですか?」
帰り道、深月は陽太にそう訊いてみた。
なんだかんだで忙しいのに、大丈夫だろうかと不安になったのだ。
「大丈夫だ。
会社的にも地域とのつながりを見せることはイメージアップにつながるしな」
でも、そういう理由でなら、支社長自ら舞う必要はないような……、と思ったとき、陽太が言ってきた。
「心配するな。
やると決めたからにはちゃんとやるが、無理はしない。
そんな顔をするな。
お前のせいじゃない。
俺は会社の利益とお前の愛、どちらも得たいという、ただの打算でやるだけだから」
そう陽太は言っていたが、やはり、ちょっと心配で。
月曜日。
深月は頼まれもしないのに、今度はコピー機のトナーを持って陽太の許へと向かった。
いきなり支社長室を訪ねるのはまずいので、とりあえず、秘書室を覗いてみる。
すると、杵崎は立ち上がり、深月を手招きする。
支社長室と秘書室とをつなぐ扉を細く開けてくれた。
隙間から覗いてみろと言っているようだ。
深月は杵崎と一緒に、そっと覗いてみた。
支社長……。
あんなこと言ってたのに、やっぱり、練習してる……。
陽太は片手に書類をつかんで読んでいるのだが、もう片手の手は舞っていた。
音がしないよう扉を閉めた杵崎は溜息をつき、
「支社長がやると決められたんだ。
それに従うしかないが、あまり負担をかけないようにしてくれ」
と言ってくる。
はい、と言って、深月は深々と礼をしたあとで、秘書室を出た。
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