上 下
26 / 95
理由がありませんっ

そんな笑顔に騙されませんよ

しおりを挟む
 

 すると、陽太は神楽を見たまま言ってくる。

「助けて欲しい人を助けてくれなかったからだよ」
と。

 黙って陽太の横顔を見ていると、陽太は言った。

「俺はすごいひいばあちゃんっ子だったんだよな。
 うち、みんな仕事で忙しくてさ。

 ばあさんまで。

 俺に構ってくれるのは、ひいばあちゃんくらいで」

 皆様、パワフルそうですね、と思っていると、
「ああ、あと、英孝が居たか」
と言う。

「っていうか、あいつもほっとかれたクチだから、ぽいっ、と俺と一緒にひいばあちゃんとこに放られてた」

「やっぱり、杵崎さんとはご親戚なんですか?」

 英孝と呼んでいたし、関谷せきやさんが聞いたという前の支社長の話の感じからして、会長の一族っぽいなと思っていたのだ。

「まあ、お前はいずれ身内になるんだから、言ってもいいか」
と言う陽太に、

 いやいや、なるとか言ってませんからね、と思っている間に、陽太は、
「英孝は甥なんだ」
と言う。

「は?」

「英孝は年の離れた姉が昔、ちょっと道をそれて、うっかり早くに作った子供なんだ。

 母親が姉に激怒したせいもあって、英孝は戸籍上は、祖父母の子になってるから、一応、俺のおじさんになるんだけど。

 本当は俺が甥じゃなくて、あっちが甥なんだ」

 陽太は何故かそこのところを真剣に主張してくる。

「いや、その辺、どっちでもよくないですか……?」
と言ったのだが、いや、どうでもよくない、と陽太は言う。

「それで二人でよく揉めてたんだ、昔。
 俺の方がおじさんだって言って。

 おじさんって、大人みたいで甥より格好いい気がしたんだろうな。

 ……この歳になったら、積極的になりたいものではないんだがな、おじさん」
と言う陽太に、深月も深く頷く。

「そうですよね。
 私も従兄弟の子におばちゃんとか言われたら、お菓子買ってやるの、やめてやろうかと思います」
と言って、

「それは心が狭いだろう」
と言われてしまった。

 いや、お前もな……と思っていたが、言わなかった。

「まあ、ともかく、そんなこんなで俺は、ひいばあちゃんっ子だったんだが。

 ある日、目の前でひいばあちゃんが倒れて。

 俺は学校から帰ったら、いつも、おかえりって言ってくれるひいばあちゃんの笑顔がなくなることが怖くて。

 子どもだったから、必死に神様に祈ったけど、神様は助けてくれなかったぞ」

「……そうだったんですか。
 そんなことが」

 必死に祈るちっちゃな支社長を思うとなんだか悲しくなってくるな、と思う深月の前で、また神楽を見ながら、陽太が言ってくる。

「もう二十年。
 いや、俺が嫁を迎えて、子どもの顔を見せるまでは生きてて欲しかったな。

 ……そういえば、俺は医者にも怒っている」
と陽太は言い出した。

「大往生でしたね、とか言いやがって。
 なにが大往生だ。

 松浦先生は、残念だったね、と言ってくれたけど」

 はは、と深月は苦笑いした。

 そうか。
 それで松浦先生と知り合いだったんだな、と思う。

 まあ、他人から見たら、大往生だと思われる人間でも、家族にとっては早すぎるってことあるよな、と思いながら、

「ひいおばあさま、おいくつだったんですか?」
と訊いたら、

「百八だ」
と陽太は言ってきた。

 ……百八。

 なんだかめでたいような数だな。

 いや、煩悩の数か。

 っていうか、それ、恨まれても神様もお医者様も困るのでは。

 世界記録を樹立するつもりか、とは思ったが。

 それだけ、ひいおばあちゃんのことが今でも好きなんだろうな、と思うと、なんだか、微笑ましくもある。

 普段は強引でちょっと困った人だけど、と思いながら、陽太を見つめていると、陽太がこちらを見て、笑った。

 ……な、なに、微笑んでるんですか。

 ちょっと優しげではないですか。

 いやいやいや。
 騙されませんよ、と思いながら、深月は顔が赤くならないように気をつけつつ、
「……なに笑ってるんですか」
と問う。

 いや、どうにも気をつけられてはいなかったと思うが……。

 すると、陽太は、
「いや、お前が俺を見て微笑んでたからだ」
と言ってきた。

 いやいやいやっ。
 そんなことないですっ。

 いや、ほんとにっ、と思いながら、深月は自分の座る冷たいパイプ椅子の両端を握りしめ、俯いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

懐古百貨店 ~迷えるあなたの想い出の品、作ります~

菱沼あゆ
キャラ文芸
入社早々、場末の部署へ回されてしまった久嗣あげは。 ある日、廃墟と化した百貨店を見つけるが。 何故か喫茶室だけが営業しており、イケメンのウエイターが紅茶をサーブしてくれた。 だが―― 「これもなにかの縁だろう。  お代はいいから働いていけ」 紅茶一杯で、あげはは、その百貨店の手伝いをすることになるが、お客さまは生きていたり、いなかったりで……? まぼろしの百貨店で、あなたの思い出の品、そろえます――!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ
恋愛
 ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。  一度だけ結婚式で会った桔平に、 「これもなにかの縁でしょう。  なにか困ったことがあったら言ってください」 と言ったのだが。  ついにそのときが来たようだった。 「妻が必要になった。  月末までにドバイに来てくれ」  そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。  ……私の夫はどの人ですかっ。  コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。  よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。  ちょっぴりモルディブです。

処理中です...