上 下
19 / 95
理由がありませんっ

支社長はああ見えてピュアな男だ

しおりを挟む
 

 今日は船が来ないうちにと海の方をチラ見しながら、必死に自転車を漕ぎ、深月は会社に着いた。

 駐車場の前を通ると誰かが居たので、

「おはようございま……」
と勢いよく挨拶しかけて止まった。

 杵崎きざきだったからだ。

「……ございます~」
と小さな声で言って、行き過ぎようとしたが、

「待て」
と言われる。

 仕方ないので、ペダルに足を乗せたまま止まると、杵崎はこちらに来、

「お前、まだ支社長の周りをうろついてるのか」
と言ってくる。

 いや、どっちかと言うと、支社長にうろつかれてるんですけど、と思っていたが。

 杵崎はあの冷たい目線のまま、

「支社長はああ見えてピュアな男だ。
 騙すなよ」
と言ってくる。

「いや、私に騙すような経験値があるとでも思ってるんですか……」
と言ったら、

「昔、巫女さんに騙されたんだ」
と杵崎は突然、しなくてもいい過去の告白をしてきた。

「巫女さんだから純粋だと思っていたのに」

「それはそれで、偏見ですよ……」
と言ったとき、深月は会社の港の方から歩いてくる陽太らしき人影に気がついた。

「あっ、支社長が港からっ」

 なにっ? と杵崎もそちらを見る。

「お前のせいで遅れたじゃないかっ」

 え~っ?
 私のせいなんですかね~?
と心底疑問に思いながらも、秘書なんて仕事についてる人は遅刻なんぞしてはいかんのだろうと思い、訊いてみた。

「乗せていきましょうか、杵崎さん」

「結構だ」
と言って、杵崎は早足に歩き出すが、もちろん、自転車の方が早く、軽く追い越してしまう。

「乗せていきましょうかっ、杵崎さんっ」

「結構だっ。
 自転車の二人乗りは道路交通法違反だぞっ」
と言い合いながら、総務と支社長室のある建物まで行く。

 


 なにか揉めているようだが、楽しそうだな。

 陽太は、ぎゃあぎゃあ言い合いながら、エントランスに入っていく深月と杵崎を見ていた。

 英孝め。

 何故、俺でなくお前が楽しげに深月と出勤している、と杵崎を睨んだあとで、

 ……どうするかな、と思う。

 ちょっと考えていたことがあるんだが。

 それを実行して、あの二人に仲良くなられるのも困るしな、と陽太は考えながら、自らもエントランスをくぐる。

 


 深月が朝から忙しく社内を回って、ようやくデスクに戻ってくると、陽太が総務のカウンターに現れた。

「お、お疲れ様です」
と頭を下げながら、深月は急いでカウンターに行った。

 下っ端の深月の席は一番カウンターに近く、誰かが来たら、真っ先に動かないといけないからだ。

 陽太は、
「すまないが。
 平成元年に作られた社史の予備があったら欲しいんだが」
と深月に言ってくる。

「それでしたら、確か、備品倉庫に。
 すぐにお持ちします」
と深月は言ったが、ちょうど席に居た課長はこちらを見ながら青くなっていた。

 な、なんで支社長自ら総務に物を取りにっ?

 杵崎くんはなにしてるんだねっ、と言った感じでキョロキョロし始める。

 それに気づいた陽太が、課長に言った。

「いや、課長。
 大丈夫です。

 杵崎には別の用事を頼んでいるので。

 たまたま今、此処を通りかかったので。
 古い社史と、ついでに備品倉庫を見せてもらおうかと思いまして」

「そ、そうなんですか」
とカウンターまでやってきて、課長は言う。

 そういえば、この人、課長とかにも敬語だな。
 支社長なのに。

 向こうが年上だからかな、と思っていると、課長が、
「一宮くん、早く支社長をご案内して」

 急いでっ、と深月に言ってくる。

「はい、こちらです。
 どうぞ」
と深月は隣にある備品倉庫に陽太を案内した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

処理中です...