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理由がありませんっ
これは運命なんじゃないかと思う
しおりを挟む清春が先にホールに入り、深月も後に続こうとしたが、陽太に後ろから腕を引っ張られる。
よろけて、陽太の胸に後頭部がぶつかりそうになり、深月は慌てて逃げた。
「まったくお前は油断も隙もないな」
と陽太が言ってくる。
「お兄さんに俺とのことを訊かれるのかと思って、ひとりで行かせたのに。
迫られているとはなにごとだ」
「いえあの、『兄に貴方のことを訊かれた』で、なにひとつ間違ってないと思いますが」
と深月は言い返したが。
「ふたつ間違ってるし、問題があるだろう」
と陽太は言ってくる。
陽太は指を突き出し、数えながら言ってきた。
「ひとつ、あの兄はお前に気があるっ。
ふたつ、あの兄は兄じゃないっ。
みっつ、誰に似たのか、すごいいい男じゃないかっ」
「ふたつまでじゃなかったんですか……?」
っていうか、貴方でも他の人をいい男だと思ったりするんですね。
動揺している陽太がちょっと意外で笑ってしまった。
神楽の練習が終わったあと、陽太は後片付けまで手伝ってくれた。
おじさんたちが、
「もう帰っていいぞー」
と言った瞬間、陽太は、
「じゃあ、失礼します」
と言って、深月の手を握る。
な、なんなんですかっ、と言う間もなく、深月はコミュニティセンターから連れ出された。
そんな自分たちを振り返り見る清春の姿が窓から見える。
コミュニティセンターの外に出ると、かなり冷え込んでいた。
慌てて手にしていたコートを着る深月を振り返り、陽太は、
「送ろう」
と言う。
「いや、どうやってですか……」
と深月は思わず言っていた。
まさか船で……?
と思っていると、
「タクシーに決まってるだろ」
と陽太は言う。
この人、もしや、船は持ってるけど、車は持ってないとか……。
いや、そんな莫迦な、と思いながら、
「あ、大丈夫です。
此処から歩いて帰れますから」
と深月が言うと、
「じゃあ、一緒に歩こう」
と言って陽太は、自分のコートを脱いで深月にかけてくれる。
「えっ、いいですよ」
と深月は見上げたが、
「だって、歩きなら寒いだろ」
と陽太は言う。
いえいえ、結構です、と深月が陽太の肩に彼のコートをかけ直すと、陽太は嬉しそうに笑う。
「なにか出勤前に奥さんにコートを着せてもらってるみたいだな」
なに言ってんですか……とちょっと赤くなりながら、二人で夜道を歩く。
息が白いなーと思いながら、深月は訊いた。
「あのー、支社長は何故、私に構うんですか?」
こう言ってはなんだが、これだけのイケメン。
自分以外にも、うっかり女性と一夜を共にしたりとかありそうなのだが。
どうして、一晩限りの遊びだと切って捨てないのか疑問に思ったのだ。
陽太は空気が冷えているせいか、とりわけ綺麗に見える気がする星空を見上げながら、
「いや、俺はお前が好きなんじゃないかなと思うからだ」
と言ってきた。
「俺は普段は、船に人を上げないんだ。
自分だけの自由な空間だから。
なのに、お前を入れてたから、記憶はないが、俺はお前が気に入ってたんじゃないかと思う」
いろいろと曖昧な言い方なのが気になるが。
陽太がストレートに好意を示してくれたので、動揺してしまう。
深月はうろたえた自分の顔を陽太に見せないよう、俯き言った。
「わ、わかりませんよ。
ただ、酔ってただけなのかも」
「いいや、俺はこれは運命なんじゃないかと思う」
な、何故、貴方はそう心臓に悪いようなことばかり言ってくるのですか、と思いながら、深月はそっと陽太を窺ったが。
陽太は情熱的な言葉とは裏腹に、微妙な顔をしていた。
「お前との一夜は、お前を愛するために起こった運命的な出来事なんだと信じたい。
……決して、神楽を舞うために起こったこととかじゃなくて」
そう言い、不安げな顔をする。
あのあと、ホールに戻ると、いきなり練習が始まった。
足らない舞い手についての話し合いがないなと思ったのだが。
よく見れば、おじさんたちの間で、謎のアイコンタクトが行きかっていた。
みんな、陽太をチラと見てから、視線を合わせ、頷き合っている。
長年の付き合いから読み取ったところによると、こんな感じだ。
『こいつでいいな』
『ああ、こいつで』
『体力もありそうだ』
『イケメンだから、女性陣の手伝いが増えるぞ』
『そうだな。
清春が来ない日も、こいつさえいれば……』
『深月に奴を逃すなと言えよ』
陽太もなんとなくその内容を察し、不安に感じていたようだ。
仕事では、幾らやり手の陽太でも、実生活では年季の入ったおじさんたちには逆らいがたいに違いない。
「まあ、それはさておき、お前の舞は可愛かったぞ」
と言われ、深月が、
「いや~。
まあ、そりゃ、もともと子どもがやる舞ですからね」
と照れながら言うと、陽太は近くの大きなマンションを見上げて言う。
「このマンションとか子どもいないのか」
「いますけど。
此処だけで別の自治会作ってるし。
地域の行事にはあまり。
みなさん、共働きでお忙しいですしね。
万理さんとか、本当はこのマンションに住んでるから、この街に嫁に来たとは言っても、本来関係ないんですけど。
高校のときの仲間も参加してるからと言って、手伝いに来てくれるんです」
「いや、単に、お前の兄貴目当てだろ」
「ま、そうかもしれませんけどね」
と笑いながら、深月はマンションを見上げて言った。
「こんなところに、こんなデッカイマンション作って、誰が住むんだろって、みんな言ってたのに、あっという間にいっぱいになりましたよ。
この辺り、そんなに土地は高くないから、一軒家の方がいい気がするのに」
と深月は小首を傾げたが。
「一軒家に住むと、どうしても地域との結びつきができるだろ。
そういうのがめんどくさいと思って、マンションに住むんだよ」
「それで、支社長も船に住んでるんですか?」
「……いや、俺はあれに住んでるわけじゃないからな」
でも、あの船、普通に住めそうですけどね、と深月は思う。
ベッドもキッチンもお風呂も我が家よりずいぶん豪華だし、と思った頃、深月の家が見えてきた。
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