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理由がありませんっ
十二年に一度の大祭だぞ
しおりを挟む則雄は浅黒く焼けた大きな手で、陽太の腕をバンバンと叩き、
「どうだ。
あれから釣ってるか?」
と笑って陽太と話している。
そこでいきなり、則雄が、
「そうだ、お前、今夜、暇か?」
と言い出して、深月はぎくりとした。
「今夜、神楽の稽古があるんだ。
深月も来るし、酒もあるぞ、ちょっと来ないか」
何故、私と酒がワンセット、と思う深月の横で陽太が、
「……もしや、神楽の舞い手を探してますか」
と則雄に訊いていた。
「わかってるのなら、話が早い。
いやいや。
万蔵さんの役を他の奴がやることになって、ものすごく体力がいる役が空いたんだよな。
お前ならいけそうだ」
と体格のいい陽太を上から下まで確認するように見たあとで則雄は言う。
「いや、お話ありがたいんですが。
俺は……」
と陽太が断りかけると、則雄は、
「でもお前、万蔵さんの見舞いに一緒に来るなんて、深月と付き合ってるんじゃないのか?
深月と結婚するのなら、お前もこの土地の人間だ。
十二年に一度の大祭だぞ。
ちょっとは協力しろよ~」
と言い出した。
「それにしても陽太。
よく深月が捕まえられたな。
こいつは、ぼーっとしていて、少々誰かがアプローチしてても気づかない奴なのに」
いつ、誰が私にアプローチしましたか、と深月は思っていたが、則雄は、ひひひ、と笑って言った。
「まあ、深月をよろしく頼む。
ちょっとぼんやりしてて、家事も苦手で、底なしに酒を呑むし、色気のカケラもないが……」
そこで則雄は黙り、天井を見上げて考える。
全然褒めてない、と気づいたのだろう。
則雄は穴があくくらい病院の天井を見つめたあとで、
「……まあ、美人だし、裏表のない性格だから」
とようやく深月の美点を思いついたらしく、言っていた。
「いや、ほんとに、いい子だから。
子どもの頃から頭もトップクラスで。
忘れ物もトッ……。
……先生によく目をつけられて――」
目をつけられては、よくない理由でだ、と気づいたのだろう。
則雄はまた、そこになにがあるのですか、というくらい天井を眺めたあとで、
「深月の母ちゃんは、本当に可愛くて優等生だったんだがな」
とそこを褒めてもあまり意味がないことを呟いたあとで、
「ともかく、美人で裏表のない奴だから、よろしく頼む」
と最早、そこしか美点がないかのような感じに言い、去っていった。
……ノリさん、と、
「来たぜー、おじさんー」
と万蔵の病室に入って行く則雄をとがめるように深月は見る。
横で陽太が呟いていた。
「お前を娶るには、神楽を舞うのが必須条件なのか?
お前まさか、自分の身体を餌に俺を舞わせようと……」
いや、どんな巫女ですか……。
っていうか、貴方を舞わせたがってるのは、おじいちゃんとノリさんだし。
おじいちゃん、怪我したの、さっきですからね、と思いながら、深月は陽太とともに病院を出た。
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