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理由がありませんっ
昨夜のことについて考えてみた
しおりを挟む陽太が総務の前を通ったとき、何故か深月は、ほぼカウンターに上半身を乗せるくらいの感じで、女子社員と話していた。
なにをやってるんだ、仕事しろ。
自分がちょっと遠回りして、総務の前を通ったことは棚に上げ、陽太は思う。
軽く睨んでやると、こちらに気づき、慌ててカウンターから離れた深月が、
「おっ、お疲れ様でーす」
と微笑みかけてきた。
……二人きりのときもそのくらい笑えよ、と思いながら、陽太は軽く頭を下げ返し、総務の前を通り抜ける。
夜と夕の境で空がグラデーションになる頃。
ひーっ、人事の手伝いしてたら、遅くなったーっ、と深月は必死で自転車を漕いでいた。
今日は大祭で舞う舞の練習があるのだ。
急いで帰ってご飯食べてーと算段しながら海岸線沿いを走る深月は目の端になにかを捉えた。
並走しているクルーザーだ。
どう考えても、支社長の船だな、と思い、自転車を止める。
すると、向こうも少し進んで止まった。
「一宮」
と操舵室からデッキに出てきた陽太が呼びかけてくる。
「ちょっと乗れ。
送ってってやる」
「私、自転車です」
そして、家は街中です。
どうやって送る気だ、と大きなクルーザーを見ながら思う深月に、ハンドマイクなしでもよく通る声で、陽太は言ってきた。
「自転車ごと乗れ。
このままでは俺は釈然としないっ」
まあ、そこのところだけは全面同意なんですが。
そう思いながら、自転車を降りた深月は陽太を見上げた。
急いではいるのだが、仕方なく、ちょうど近くにあった漁港まで自転車で行き、深月は陽太の船に乗った。
陽太は深月が揺れる船に乗るのに手を貸してくれながら、
「心配するな。
正気のときは襲わない」
と言う。
いや、それはそれで、どうなんだ、と深月は思っていた。
正気のときには、私など襲わない、という意味にもとれるのだが……。
酔いと驚きから覚めた今、何故、この人が私に手を出したのかわからない、と深月は思っていた。
イケメンで御曹司で、引く手数多だろうに。
だが、デッキに上がっても陽太は深月の手をとったままだった。
「お前の家はどっちだ」
と訊いてくる。
「あっちです」
と深月は街の方を指差した。
陽太はそちらを目を細めて窺いながら、
「幸い大きな川があるな」
と言う。
……幸い大きな川があったら、なんなんだ。
家の近くの川岸まで行く気か。
江戸時代か。
陽太は夕日を背にしていたので、顔がよく見えず、その姿は、まるでシルエットのようになっている。
そのせいで、ちょうど深月の視線の先にある、がっしりとした肩幅が際立って見えた。
陽太は深月の手を握り言う。
「……一宮。
俺は、あれから、昨夜のことについて、俺なりに考えてみたんだ」
ごくり、と深月が唾を呑み込んだとき、深月の鞄でスマホが鳴った。
だが、話の続きが気になり、陽太を見たまま身構えていると、陽太が、
「出ないのか」
と訊いてくる。
「でっ、出ましょうか?」
と自分のスマホだというのに、不思議なことを言ってしまった。
急いでスマホを見た深月は、
「あれっ? お母さん?」
と声を上げる。
なんだろう。
早くしなさいとかかな。
今日は舞の稽古があるので、早く夕食を食べさせようとイライラしているに違いない。
やばい、怒られるっ、と思ったが、電話がつながった瞬間、母、条子は、
「あんた、おじいちゃんが入院したのよ。
拝殿の階段から落ちて骨折っ」
と叫び出した。
ええーっ、と深月は声を上げる。
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