5 / 95
理由がありませんっ
クールな秘書様に睨まれています
しおりを挟む深月を降ろしたあと、陽太はゆっくり船を進めた。
案の定、しばらくすると、特に着替えもせずに、自転車に飛び乗ったらしい深月が海岸沿いの道を走り出すのが見えた。
だが、深月は、すぐに陽太の船に気づき、全速力で漕ぎ始める。
……だから、何故、追い抜こうとする。
陽太の船は軽く深月を追い抜いていったが、深月は更に必死に漕ぎ始める。
あんな死に物狂いで追いかけられると、熱烈なラブコールを送られてる感じだが、たぶん、違うな……。
ただの負けず嫌いなのか。
いや、ただの船好きか?
と思っている間に船は会社の港に着いていた。
「おはよう、ママチャリ女」
深月が職場の門をくぐり、駐車場の側を通ったとき、同じ部署の先輩、金子由紀が見えた。
「あっ、おはようございますっ、金子さんっ」
と自転車を止めて挨拶をすると、由紀はいつものように気だるげに、
「今日も元気ねー、新人。
あーあ。
あんたが男だったら、後ろ乗せてってーって言うんだけどねー」
と言う。
いやいや。
私、もう新人じゃないんですけど、と深月は思っていたが。
同じ部署に自分より下が入ってこないので、まあ、あの中では確かに新人か、とも思っていた。
隣の棟の三十五歳の男性社員が社内の呑み会のとき、
「俺もまだ、新人言われてるよ。
だって、後輩入ってこないから~」
と嘆いていたが、自分もそうなりそうで怖い。
それにしても、由紀は、
今日もデートかコンパなんですか?
と問いたくなるくらいバッチリ決めている。
入社したての頃、うっかり由紀に、
「今日は何処かお出かけなんですか?」
と訊いて、
「なに言ってんの、あんた。
いつ、いい男に出会うかわからないじゃないの。
私はいつも戦闘態勢よ。
あんたも、もうちょっとちゃんと化粧でもしたら?」
と叱られたものだ。
そして、
「いつまでも若くて可愛いと思って、呑気にしてたら、あっという間に化粧が乗らなくなるのよ」
と呪いをかけられた。
ちょっとこうるさいところもあるが、まあ、いい先輩だ、と由紀に、まるっと言ったら、どつかれそうなことを思いながら、深月は言った。
「乗せていきましょうか? 金子さん」
この駐車場から深月たちの総務部がある棟まで、ちょっと距離があるからだ。
だが、由紀は、
「結構よ。
あんた、私を乗せた途端に、ぱたっと倒れて、私が漕いで連れてかなきゃいけない気がするから」
と言ってくる。
倒れたら、漕いで連れてってくれるのか、いい人だ……と思いながら、
「じゃ、失礼しますー」
と頭を下げて、また深月は漕ぎ出そうとしたが。
誰かがこちらを睨んでいるのに気がついた。
若い人らしからぬデザインのシルバーのセダンから降りてきた男。
整った顔をしているが、ちょっと冷たそうだし、面白みがないと同期のみんなが言っている。
支社長秘書の杵崎英孝だ。
な、何故、こっちを睨んでるんですかっ。
金曜日、なにか仕事でミスしたろうか。
いや、総務の私のミスで、支社長秘書がこんな睨むことってなんだ。
思い当たる節はな……、と思ったとき、陽太の顔が頭に浮かんだ。
まさか、いつの間にか、昨夜のことを聞きつけて。
私のことを支社長に群がるハエ、みたいな感じに思ってるとかっ?
いやいや。
昨日の今日で知りようがないよな、と思ったとき、由紀が、
「あら、杵崎、いたのー。
お疲れー」
と話しかけたので、杵崎の視線にフリーズししていた深月は、今だっ、とばかりにぺこりと頭を下げて、逃げ去った。
――が、実は、深月の推理は半分当たっていたのだ。
1
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
懐古百貨店 ~迷えるあなたの想い出の品、作ります~
菱沼あゆ
キャラ文芸
入社早々、場末の部署へ回されてしまった久嗣あげは。
ある日、廃墟と化した百貨店を見つけるが。
何故か喫茶室だけが営業しており、イケメンのウエイターが紅茶をサーブしてくれた。
だが――
「これもなにかの縁だろう。
お代はいいから働いていけ」
紅茶一杯で、あげはは、その百貨店の手伝いをすることになるが、お客さまは生きていたり、いなかったりで……?
まぼろしの百貨店で、あなたの思い出の品、そろえます――!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる