4 / 95
理由がありませんっ
支社長はまるで神ですねっ
しおりを挟む「あー、素晴らしい朝食でした。
支社長はまるで神ですね」
と食べ終えた深月は手を合わせて言う。
「お前の神になるのは簡単だな」
と陽太は紅茶を注いでくれながら笑う。
「お前に触れたら神が怒ると言っていたが。
俺が神になれば、お前は俺のものか」
と不遜なことを言い出した。
ちょっと邪悪な笑顔を浮かべている。
いやいやいや。
そう言う問題じゃないですっ、と慌てて深月は否定した。
「神様より先に、おじいちゃんに怒られますしっ」
と言いながら、この美しい船と美味しい朝食のせいで、今朝のことから現実逃避しかけていた深月は正気に返った。
「そ、そうだ。
会社っ」
と慌てて深月は時計を確認しようとしたがなかった。
「と、時計っ」
と慌てる深月に陽太は、
「船の上では時間を忘れろ」
と言ってくる。
「いやいやいやっ、遅刻しますっ。
っていうか、貴方、腕時計してますよねっ?」
忘れろと言いながら、自分は腕時計を確認しているのだ。
「心配するな。
このまま会社の港に入るから」
「いやいやいやっ、私は下ろしてくださいっ」
「なんでだ。
その辺で拾ったと言えばいいだろう」
と猫の子のように言う陽太に、
「着替えたいんでっ。
帰って着替えたいんでっ」
と深月は繰り返した。
「別にそのままでもおかしくないが」
と上から下まで深月を眺めて、陽太は言う。
確かに、ちょっとフォーマルっぽいワンピースにシンプルなジャケットだったので、このまま仕事に行っても、そうおかしくはなかった。
「でもあのっ、途中で拾われたんだとしても、支社長と出勤なんてしたら、おねえさまがたにボコボコにされますからっ」
と深月が強く主張したので、仕方なくといった感じではあったが、神社近くの漁港で降ろしてもらえることになった。
「お前んち、神社のとこなのか?」
「いえいえ。
うちは違うとこにあるんですけど。
昨日、神社に自転車乗っていってた気がするの、で……」
後半、言葉が途切れ途切れになった。
夕べなにがあったんだろうな、と恐ろしくなり。
今朝、目覚めたときのことまで思い出してしまったからだ。
できるだけ、頭の隅に追いやっていたのに。
リアルに思い出すと、支社長と向かい合っていられないから。
は、早く漁港につかないだろうかと思ったのだが、岸まで泳いでいける感じではない。
陽太に言ったら、
「いや、お前、その格好で泳ぐ気か?」
と言われそうだが。
遠泳の練習、嫌がらずにしとくんだった、と思っている間に、陽太が消えていた。
操舵室に行ったようだ。
そちらに行って、チラ、と覗くと、
「入って来い」
と言う。
「お、お邪魔します」
と深月はちょこんと操舵室の隅に立った。
「その辺に座れ」
船はまっすぐ漁港に向かっているようだった。
漁港の左手に見える小島を見ながら、深月は言った。
「ああ、会社が見えてきちゃいますね」
さっきまで、あの島の陰になって会社が見えなかったのだ。
「ゆっくりしたいときに会社が見えるのやだろ」
と陽太が言う。
それであの辺りで停泊してたのか、と深月は笑った。
支社長でも会社見たくないとか思うのかと思って。
だが、船を操縦している陽太を見ていて、深月は気がついた。
「ん?
そういえば、この船、昨夜は酔った状態で運転してたんですか?」
神社にいたとき、陽太はもう呑んでいたはずだった。
「そんなわけないだろう。
誰かが運転したんだろ」
「誰かって、誰ですか?」
と深月は、やはり、船内に誰かがっ、と振り返ったが。
「いや、他に船を動かしてくれる奴がい……」
と言いかけ、陽太は黙る。
なんなんですかっ。
気になるんですけどーっ。
「……確かに。
運転してくれた奴が泳いで帰ったのでない限り、もうひとりいたはずだよな。
まずい相手に弱みを握られたかも」
と呟いている。
いや、誰なんですか、まずい相手ってっ。
怖いんですけどっ、と思っている間に、漁港に着いた。
幸い、今は人気がなく、知っている人にも出くわさなかった。
猫が呑気に、もう朝の仕事を終えた漁船の上であくびをしているのを見かけたくらいだ。
陽太の船を振り返り、ぺこりと頭を下げると、深月はダッシュして漁港から消えた。
1
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
お好み焼き屋さんのおとなりさん
菱沼あゆ
キャラ文芸
熱々な鉄板の上で、ジュウジュウなお好み焼きには、キンキンのビールでしょうっ!
ニートな砂月はお好み焼き屋に通い詰め、癒されていたが。
ある日、驚くようなイケメンと相席に。
それから、毎度、相席になる彼に、ちょっぴり運命を感じるが――。
「それ、運命でもなんでもなかったですね……」
近所のお医者さん、高秀とニートな砂月の運命(?)の恋。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる