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樹海に沈む死体

洞穴の中

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 シダの被さる木の扉を潜ると、強烈に湿気った匂いがした。

 だが、それは、古い扉の匂いだったらしく、中に入ると、冷たい空気のせいか、意外に清々しい感じがした。

「ひんやりしてますね」
と先頭を行く亮灯が言う。

「お前、下がれよ。
 俺が前へ行く。

 ゾンビでも出たら、どうするんだ」

 ゾンビ、と亮灯は笑った。

 振り返り、浅海がついて来ていないことを確認した彼女は、
「志貴、浅海さんに付いてて!」
と一番後ろの志貴に向かって叫ぶ。

「やだ」
と志貴は言った。

「阿伽陀先生、お願いします」

 なんで俺!?

 だが、此処で亮灯と行く権利を志貴に譲らないと、迷いなく殺されそうな気がした。

 屈まなければ通れないような洞穴で無理矢理位置を入れ替わる。

 なにやってんの、という目で、亮灯が見ていた。
 


 晴比古と入れ替わり、自分の許に来た志貴に亮灯は、
「志貴。
 ワガママ言わないの」
と文句を言った。

「なんで僕を外そうとするんだよ」

「外そうとなんてしてないわよ。
 浅海さんが此処に入りたくないだろうから付いててって言っただけじゃない。

 扉の下側に、パカッと開くような小さな戸がついてたわよね。
 あそこから浅海さんが食事を差し入れてたのね」

 暗くてよく見えないなあ、と亮灯は呟く。

 段々、外の光が届かなくなってきた。

「はい」
と志貴がライターをつけてくれる。

 すると、奥の方でなにかが飛び回った。

 きゃっと亮灯はしゃがむ。

「コウモリだよ、噛まれないで」
とライターで天井を照らしながら言う志貴に、

「噛まれないでって、どうやって」
と呟く。

「ところで、なんでライター持ってるの。
 まさか煙草吸ってるんじゃないでしょうね」

「吸わないよ。
 亮灯がキスしてくれなくなるじゃない。

 ねえ、阿伽陀先生は煙草吸うの?」

「さあ。
 私の前では吸わないわね。

 でも、仕事で煙草臭いところに行って匂いつけて帰ってくることはあるけど。

 そういうときは付き合いで吸ってるのかもね」

「匂いがついてるのが服と髪だけなら、吸ってないんじゃない?」

「……だけかどうか、私には判断しようがないじゃない。

 なに疑ってるのよ、もう。

 わかった。
 志貴、先生のこと、結構好きなんでしょう?

 だから、そんなに警戒してるのね」
と笑ってやると、

「そうだよ」
と言う。

「いい人だと思うよ。

 ちょっと変わってはいるけど。
 僕でもつい、気を許してしまいそうな人柄だ。

 だから、亮灯もそうかなって」

「……志貴」
と見つめると、なに? とこちらを見る。

「私は志貴のそういうところが好きなの。

 志貴、煙草とか吸わないで。
 長生きしてね」

「刑務所で?」
と笑う志貴に、

「馬鹿言わないで。
 貴方はなにもしなくていいのよ。

 私のアリバイを証明してくれるだけでいいの」
と言ったが、

「でももう、阿伽陀先生にバレてるよ」
とこちらを見る。

 なにかの決断を促そうとするように。

 志貴、と言ったとき、亮灯の足がなにかを蹴った。

 鈴が落ちている。

 恐らく考えなしの陸が、なんだこれ、とか言って鳴らして早希に怒られたのだろう。

「この鈴ね」
と手にしようとすると、志貴が、

「鳴らさない方がいいんじゃない?」
と言ってくる。

「そうね」

 浅海がこの音を聞きたくないだろうから。


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