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樹海に沈む死体
やはり、そう来るか
しおりを挟む晴比古は、ひとつ、溜息をつき、亮灯の前に出ると、木の扉をノックした。
「早希。
そこから出たら、志貴がキスしてくれるらしいぞ」
阿伽陀先生~、と志貴に睨まれる。
いや、結構効果ある気がするんだが。
亮灯は反応せずに扉を見つめていた。
だが、無表情なその横顔を見ながら、……怒ってますか? 怒ってますね、と自分で思う。
だが、今は亮灯の怒りを気にしている場合ではない。
扉の前にしゃがみ、
「手を出せ、早希」
と言った。
「お前の手相、占い損ねた。
俺が見てやるよ、お前の未来」
そんな暇なことを、と中本などは思ったかもしれない。
だが、やがて、小さく扉が開いた。
そこから、大人の女にしては、小さな手が覗く。
ちんまりとしたそれが子供のもののように感じられて、微笑んでしまう。
人を殺めてしまったことを受け止めるには、小さすぎる手だ。
だが、きっと、陸なら支えてやれる。
考えなしなあいつだからこそ、世間体など考えもせずに。
「よし」
と手を掴んだ瞬間、くらりとした。
早希が女を殺す瞬間が見えたからだ。
「先生っ」
よろめいた身体を亮灯が支えてくれる。
「大丈夫だ」
と肩に触れたその手を叩いた。
亮灯が手を離す。
気のせいか。
今、早希の心が見えた気がした。
今まで、そんなもの感じないで済んでいたのに。
だとするなら、この力をこれから使うのは、厄介だな、と思っていた。
他人の心の闇に触れることをなにより、恐れていたのに。
だが、それを表情には出さずに、晴比古は早希の手を握る。
「……カッとなりやすいな、お前」
と言うと、早希は手を引っ込めようとする。
「いや、待て待て」
覚えたばかりの手相の線が光を放っているように見える。
なにかが助けてくれてでもいるかのように。
浅海の本に載っていたことに、早希の先程からの反応を交えて語ると、早希は黙って聞いていた。
最後に、
「おっ」
と晴比古は少し笑って言った。
「お前、長生きだぞ」
呑気に笑っていると、扉が開いた。
出て来た早希が抱きついてくる。
そのまま、泣き始めた。
「ああっ。
早希っ!」
と後ろで陸がわめいていたが、晴比古は口許に指先を当て、黙れと指示する。
自分と一緒に逃げている陸ではない誰かに触れたかったのだ、きっと。
……たぶん。
早希はしがみついたまま動かなかった。
「早希……」
という友人たちの声に、彼女はようやく顔を上げる。
背を押すと、早希は彼女らに向かい、一歩踏み出した。
中本のところに行った晴比古が言う。
「わかってたんですね、中本さん」
「まあ、なんとなくな。
何年刑事をやってると思ってるんだ」
という言葉は、自分ではなく、志貴に向かって言っているようだった。
少し厳しい顔をしている。
もしかしたら、中本は、志貴の真実を知っているのかもしれないと思った。
中本は亮灯を見、
「お嬢ちゃんも、無茶は大概にせんとな」
と言ったが、それ以上の追求もせずに、そのまま、陸を連れて行ってしまった。
「え、俺?
なんで、俺だけ?」
と陸はきょときょとしていたが、一番考えなしに喋りそうだからだろう。
早希を慰めながら、友人たちも付いて行った。
それを見送ったあとで、
「……さてと」
と亮灯が言う。
「開けてみましょうか」
「やっぱりか」
亮灯は、例の防空壕を振り返っていた。
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