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降ってきた死体

あの推理しない先生に?

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 部屋に戻った志貴は、シャワーを浴びたが、浴室を出て驚く。

 ベッドに亮灯が腰かけていて、なにやら読んでいたからだ。

 彼女は顔も上げずに言う。

「鍵くらいかけといたら?
 殴り殺されても知らないわよ」

「いや、君が来るかな、と思って」
と亮灯に笑いかけたが、機嫌が悪い。

「どうしたの?
 余計な事件ばかり起こるから?」

 それもあるわ、と本を閉じたあとで、こちらを見て言う。

 彼女が読んでいたのは、下にあった本のようだった。

 自分がそれを見たのに気づいたように、
「昔、図書館で読みかけて、そのまま引っ越してしまったから」
と言う。

「そう。
 じゃあ、今度、僕が同じ本を買ってあげるよ」
とその表紙に触れながら言ってみたが、亮灯は機嫌が悪いままだった。

「大丈夫だよ、きっとうまくいく」

 そう言いながらも、どうも腹を立てている理由は違うようだ、と思ったとき、亮灯が言った。

「……さっき、女子高生と抱き合ってなかった?」

「せ、千里眼だね、亮灯」

 違うんだ、と言い訳をしようとするが、他所を向いてしまう。

 だが、本当に言い訳を聞きたくないわけでもないようだった。

 此処を出て行ってしまったりはしないから。

「こんなこと、話していいのかわからないけど。
 あの子、子供の頃、人を殺したことがあるって言うんだ」

「へえ……」
とは言うが、振り返らない。

「小さい頃の記憶で、よくは思い出せないみたいなんだけど。
 このホテルの近くに、小さな洞穴があって、そこに人が住んでたんだって。

 木の扉が打ち付けてあって、下が少し空いてて。
 時折、そこから、食事を差し入れるように言われて言ってたって」

「言われてたって誰に?」

「そこの記憶も曖昧らしい。
 なんだかわからないまま、持ってってたんだけど。

 そこが近くなると、ちりんちりんと音が聞こえていたから、その中に居る人が鳴らしてるんだと思ってたらしい。

 あるとき、その下の穴から、枯れ枝のような手が出てきて、ガッと小さな自分の手を掴んできて。

 恐ろしくて逃げ出して。

 それからもう、食事を届けてって言われても、途中で捨てて届けなくなったんだそうだよ。

 そうしたら、しばらくして、ちりんちりんと聞こえなくなった」

 亮灯は考えている。

「それから?」
と問われ、

「それで終わり」
と答えた。

「なんだか霧と樹海の中を進んでいくような不思議な記憶で、夢か現実かわからなかったらしいんだけど。

 でも、あるとき、その穴を見つけたんだそうだ。

 大人になって見てみると、そこは防空壕で。
 扉は開いていて、中には、干からびた死体と、鈴が落ちてたらしいんだ。

 恐ろしくて逃げ帰って、それきり行ってなかったらしいんだけど」

「それで自分が殺したと思ったの?
 自分が食事を届けなかったから。

 もしかして、今回の車のトランクから転がり出てきたのがそれだと彼女は思ってるわけ?

 それにしても、なんで、その穴に、随分後になって、たどり着けたの?」

「古い糸を見つけたらしいよ。
 白い糸」

「白い糸……」

「そう。
 そこまで続いてらしい。

 昔は、ホテルの近くから続いていたらしいんだけど。
 浅海さんが見つけたときには、もう手前の方は朽ちてなくなってたんだって」

「ちりんちりんって鈴の音、か。
 まるで即身仏ね。

 木食行の食事でも届けてたのかしら。

「それが、量は少なかったらしいんだけど、普通の食事だったみたいだよ。
 だから、余計に気になったんだって。

 自分は誰が隠れていた人を殺してしまったんじゃないかって。

 でも、母親に聞いても、そんなこと知らないって言うらしいんだ」

「私の聞いたところだけで考えると、その人を殺したのは、浅海さんじゃないと思うんだけど」

「そう?
 僕もそう思いたいけど」

「いいえ、そうよ。
 あの干からびた死体の死因はわかってるの?」

「ああ、古いもので、随分損傷も激しかったから、死因の特定には、手間かかったんだけど。

 たぶん、頭を強打したせいじゃないかって」

「餓死じゃないじゃない」

「浅海さんの言ってた死体があれだったのなら、確かに、彼女のせいじゃないね」

「お腹空いて、ふらついて、すっ転んだのが死んだ原因じゃないならね」
と言う亮灯に、

「また、もう~」
と言う。

「彼女、晴比古先生にも同じこと言うつもりだったみたいだよ」

「ふうん。
 あの推理しない先生にね。

 ……なにがおかしいの? 

 そこ、笑うとこ?」
と言う彼女に、

「いや、君がすぐそこに居ることが嬉しくて」
と言うと、さすがの彼女も赤くなり、なに言ってるの、と小さく言った。


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