19 / 51
降ってきた死体
あの推理しない先生に?
しおりを挟む部屋に戻った志貴は、シャワーを浴びたが、浴室を出て驚く。
ベッドに亮灯が腰かけていて、なにやら読んでいたからだ。
彼女は顔も上げずに言う。
「鍵くらいかけといたら?
殴り殺されても知らないわよ」
「いや、君が来るかな、と思って」
と亮灯に笑いかけたが、機嫌が悪い。
「どうしたの?
余計な事件ばかり起こるから?」
それもあるわ、と本を閉じたあとで、こちらを見て言う。
彼女が読んでいたのは、下にあった本のようだった。
自分がそれを見たのに気づいたように、
「昔、図書館で読みかけて、そのまま引っ越してしまったから」
と言う。
「そう。
じゃあ、今度、僕が同じ本を買ってあげるよ」
とその表紙に触れながら言ってみたが、亮灯は機嫌が悪いままだった。
「大丈夫だよ、きっとうまくいく」
そう言いながらも、どうも腹を立てている理由は違うようだ、と思ったとき、亮灯が言った。
「……さっき、女子高生と抱き合ってなかった?」
「せ、千里眼だね、亮灯」
違うんだ、と言い訳をしようとするが、他所を向いてしまう。
だが、本当に言い訳を聞きたくないわけでもないようだった。
此処を出て行ってしまったりはしないから。
「こんなこと、話していいのかわからないけど。
あの子、子供の頃、人を殺したことがあるって言うんだ」
「へえ……」
とは言うが、振り返らない。
「小さい頃の記憶で、よくは思い出せないみたいなんだけど。
このホテルの近くに、小さな洞穴があって、そこに人が住んでたんだって。
木の扉が打ち付けてあって、下が少し空いてて。
時折、そこから、食事を差し入れるように言われて言ってたって」
「言われてたって誰に?」
「そこの記憶も曖昧らしい。
なんだかわからないまま、持ってってたんだけど。
そこが近くなると、ちりんちりんと音が聞こえていたから、その中に居る人が鳴らしてるんだと思ってたらしい。
あるとき、その下の穴から、枯れ枝のような手が出てきて、ガッと小さな自分の手を掴んできて。
恐ろしくて逃げ出して。
それからもう、食事を届けてって言われても、途中で捨てて届けなくなったんだそうだよ。
そうしたら、しばらくして、ちりんちりんと聞こえなくなった」
亮灯は考えている。
「それから?」
と問われ、
「それで終わり」
と答えた。
「なんだか霧と樹海の中を進んでいくような不思議な記憶で、夢か現実かわからなかったらしいんだけど。
でも、あるとき、その穴を見つけたんだそうだ。
大人になって見てみると、そこは防空壕で。
扉は開いていて、中には、干からびた死体と、鈴が落ちてたらしいんだ。
恐ろしくて逃げ帰って、それきり行ってなかったらしいんだけど」
「それで自分が殺したと思ったの?
自分が食事を届けなかったから。
もしかして、今回の車のトランクから転がり出てきたのがそれだと彼女は思ってるわけ?
それにしても、なんで、その穴に、随分後になって、たどり着けたの?」
「古い糸を見つけたらしいよ。
白い糸」
「白い糸……」
「そう。
そこまで続いてらしい。
昔は、ホテルの近くから続いていたらしいんだけど。
浅海さんが見つけたときには、もう手前の方は朽ちてなくなってたんだって」
「ちりんちりんって鈴の音、か。
まるで即身仏ね。
木食行の食事でも届けてたのかしら。
「それが、量は少なかったらしいんだけど、普通の食事だったみたいだよ。
だから、余計に気になったんだって。
自分は誰が隠れていた人を殺してしまったんじゃないかって。
でも、母親に聞いても、そんなこと知らないって言うらしいんだ」
「私の聞いたところだけで考えると、その人を殺したのは、浅海さんじゃないと思うんだけど」
「そう?
僕もそう思いたいけど」
「いいえ、そうよ。
あの干からびた死体の死因はわかってるの?」
「ああ、古いもので、随分損傷も激しかったから、死因の特定には、手間かかったんだけど。
たぶん、頭を強打したせいじゃないかって」
「餓死じゃないじゃない」
「浅海さんの言ってた死体があれだったのなら、確かに、彼女のせいじゃないね」
「お腹空いて、ふらついて、すっ転んだのが死んだ原因じゃないならね」
と言う亮灯に、
「また、もう~」
と言う。
「彼女、晴比古先生にも同じこと言うつもりだったみたいだよ」
「ふうん。
あの推理しない先生にね。
……なにがおかしいの?
そこ、笑うとこ?」
と言う彼女に、
「いや、君がすぐそこに居ることが嬉しくて」
と言うと、さすがの彼女も赤くなり、なに言ってるの、と小さく言った。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
先生、それ、事件じゃありません2
菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。
探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。
長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。
ご当地ミステリー。
2話目。
愛情探偵の報告書
雪月 瑠璃
ミステリー
探偵 九条創真が堂々参上! 向日葵探偵事務所の所長兼唯一の探偵 九条創真と探偵見習いにして探偵助手の逢坂はるねが解き明かす『愛』に満ちたミステリーとは?
新人作家 雪月瑠璃のデビュー作!
先生、それ、事件じゃありません
菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。
探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。
長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。
ご当地ミステリー。
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
磯村家の呪いと愛しのグランパ
しまおか
ミステリー
資産運用専門会社への就職希望の須藤大貴は、大学の同じクラスの山内楓と目黒絵美の会話を耳にし、楓が資産家である母方の祖母から十三歳の時に多額の遺産を受け取ったと知り興味を持つ。一人娘の母が亡くなり、代襲相続したからだ。そこで話に入り詳細を聞いた所、血の繋がりは無いけれど幼い頃から彼女を育てた、二人目の祖父が失踪していると聞く。また不仲な父と再婚相手に遺産を使わせないよう、祖母の遺言で楓が成人するまで祖父が弁護士を通じ遺産管理しているという。さらに祖父は、田舎の家の建物部分と一千万の現金だけ受け取り、残りは楓に渡した上で姻族終了届を出して死後離婚し、姿を消したと言うのだ。彼女は大学に無事入学したのを機に、愛しのグランパを探したいと考えていた。そこでかつて住んでいたN県の村に秘密があると思い、同じ県出身でしかも近い場所に実家がある絵美に相談していたのだ。また祖父を見つけるだけでなく、何故失踪までしたかを探らなければ解決できないと考えていた。四十年近く前に十年で磯村家とその親族が八人亡くなり、一人失踪しているという。内訳は五人が病死、三人が事故死だ。祖母の最初の夫の真之介が滑落死、その弟の光二朗も滑落死、二人の前に光二朗の妻が幼子を残し、事故死していた。複雑な経緯を聞いた大貴は、専門家に調査依頼することを提案。そこで泊という調査員に、彼女の祖父の居場所を突き止めて貰った。すると彼は多額の借金を抱え、三か所で働いていると判明。まだ過去の謎が明らかになっていない為、大貴達と泊で調査を勧めつつ様々な問題を解決しようと動く。そこから驚くべき事実が発覚する。楓とグランパの関係はどうなっていくのか!?
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる