上 下
15 / 51
降ってきた死体

お前が犯人だっ!

しおりを挟む
 
 上で話すと、彼女らに心配をかけるので、晴比古たちは、ふたたび食堂に戻り、それぞれが報告し合った。

「先生がおっしゃっいたように、星でも見に出て、樹海の中に入り込んでしまったんじゃないでしょうね」
と城島が心配そうに呟く。

「困りましたね。
 樹海の中となると」

 窓から暗い外を見ながら志貴が言った。

「このまま出てこないようなら、朝、捜索隊を出してみるか?
 なにかくだらない理由で出てこないんならいいんだがな」
と中本が溜息まじりに呟いていた。

「くだらない理由ってなんですか?」
と問うた深鈴に、

「気に入った男が出来て、みんなに内緒で二人でどっかしけ込んででるとか?」
と言うが、ざっと見ただけだが、ホテルの中には居ないようだし、そんな場所は、あと樹海くらいしかない。

「あの、此処に宿泊している若い男性はみな、此処に居ますけど。
 あとは、年配のご夫婦しか」
と深鈴が苦笑いして言った。

 だが、確かに、そういう結末をみな、望んではいた。

「まさか、殺されたりとかしてないですよね」
と陸が呟く。

 深鈴が縁起でもないという顔をしたが。

 この状況だ。
 その可能性は困ったことに、そんなに低くはない。

「でも、早希さんが殺される理由があるでしょうか?」
 そう問う志貴に答える。

「あの名前のわからない女が死んだ理由もわからないから、なんとも言えないな。

 一人で何処かに頭をぶつけて、転落したとか言うのなら、犯人も居ないから、早希って女も無事だろうが」

 あの着衣の乱れ具合ではそれもない気がする。

「なにかを見て、殺されたとか?
 殺人現場とか」
と陸が言い出す。

 みな、よくない想像ばかりが膨らんでいるようだった。

「そうだな。
 他に殺される理由はないかな。

 あの女どもの他に此処には知り合いも居ないだろうし。

 あいつら、グループで動いてたみたいだから、一人が特別、誰かに恨まれるってこともそうないだろうし」

 晴比古は、そこで、ちょっと考え、言ってみた。

「敢えて、殺す理由がある奴というと……

 志貴かな?」

 ええっ? と側でメモを取っていた志貴が振り向く。

「なんでですかっ」

「だって、あの女どもに付きまとわれて、迷惑してたじゃないか。
 早希って女だけが上に居た。

 深鈴と別れたあと、その女に言い寄られ、うるさくなったので、殺したとか」

「筋が通ってますね~、先生」
と中本が笑う。

「また先生、出来もしない推理を」
と深鈴が小莫迦にしたように言うので、ムキになる。

「なんでお前、志貴をかばう」

「かばってんのは、先生ですよ。
 迷走して評判落とされたら、私の推理も意味なくなりますし」

「それ、俺をかばってることになるか……?」

 晴比古は薄情な助手を睨んだ。

「じゃあ、先生、志貴さんの手を握ってみればいいじゃないですか。

 手を握った人が悪事を働いているかどうかわかるんでしょう?」
と深鈴が言うと、志貴は逃げ腰になり、

「ええ~っ?
 嫌ですよ~っ」
と言う。

「なんでだ。
 やっぱり、お前が犯人か?」

 そう晴比古が詰め寄ると、志貴は、
「そんな恐ろしげなこと言われたら、誰だって握りたくないですよっ」
と訴える。

 まあ、ごもっともか。

 俺だって、他人にそう言われて、手を握られそうになったら逃げる。

 深鈴が、
「まあ、それが普通の反応ですよね。

 人間、誰しも、しょうもない悪事のひとつやふたつ、犯してますからね。

 コーヒーショップで、ミルクをひとつ余計にとって、結局、使い切れなくて、家に持って帰ったとか」
とくだらないことを言い出したので、

「それ、犯罪じゃねえだろ」
と言うと、

「人によって、犯罪の捉え方が違うということですよ。

 先生のような人には、なんでもないことでも、繊細な人には心の重荷になることもあるって意味です」
と言う。

「それはあれか。
 志貴は繊細だが、俺は繊細じゃないという――」

「そうは言ってませんが。
 実は、私、志貴さんが犯人じゃないことを知ってるんで」

「は?」

「残念なお知らせですが、先生。
 私、犯行当時、志貴さんと一緒に居ました」

「……なんだって?」

「志貴さんと話してたんですよ。
 あの手紙見せて、此処に至るまでの経緯を」

「それは知ってるが。

 偉く長いじゃないか。
 俺が手相見てる間、ずっと話してたのか?」

「いえ、私の部屋でですよ。
 みんなには聞かれたくなかったので」

「みだらに部屋に入れるなよっ」
「みだりにでしょっ」

「先生、落ち着いてください」
と陸が苦笑いして止める。

「別に私には、志貴さんをかばわなきゃならない理由はないですから。
 志貴さんに関しては、アリバイ成立ですけど。

 えーと、陸さん……」

「待て」
と晴比古は話を遮る。

「わからないじゃないか。
 それまでなんとも思ってなくとも、部屋に二人きりで居る間に、志貴に本気になって、かばう気になったとか」

「被害者と揉めたり殺したりする時間も必要ですよ。
 短時間過ぎませんか」
と呆れたように言う深鈴に、低い声で、

「……いや、男と女のことはわからないからな」
と言うと、

「先生、私怨が過ぎますよ」
と陸が言う。

「陸さんは、アリバイは?」

 最早、こちらの話は流したらしく、深鈴はひとつ溜息をついて、陸にそう訊いた。

「えっ?
 僕ですか?

 寝てましたよ。
 眠いって部屋に上がったじゃないですか」

「よし。
 アリバイ成立だな」
と晴比古が言うと、

「寝てたとか、一番怪しいでしょーっ」
と深鈴が叫び出す。

 すかさず、陸が抗議していた。

「深鈴さん、ひどいですよっ」

「お前、引っ込みがつかなくなったのか。

 なんで、陸を攻撃する。
 やっぱり、志貴をかばってんのか?」

「志貴さんだからかばってるんじゃなくて。
 私を信用してくれないからですよ」

「お前が一番信用できんわっ。
 信用して欲しいなら、推理しろ、助手っ」

「もう私が探偵で、先生が助手でいいんじゃないですかねっ」

「あのー、お二人とも、いつもこんな調子なんですか……?」
と志貴が訊いてきた。

 それでも、いつもなんとなく解決しているから不思議だ。

 まあ、解決しているのは深鈴で、自分は犯人の手を握って、確かめているだけなのだが。

「志貴」
と晴比古が振り返り、言う。

「確認しておくが、お前、本当に深鈴と居たんだな?」
「はい」

「他に証明できるものはないのか?」

 志貴は少し考え、
「ないですね」
と言う。

「じゃあ、信用しよう」
と晴比古は言った。

「つらつらアリバイが出てくるようじゃ逆に怪しいと思ってたんだ。

 それにお前が無実かどうか決めるのは俺じゃない。
 この中本さんだ」

「おう。
 覚えててくれて嬉しいぜ」

 完全に晴比古に仕切られてしまっていた中本が苦笑いして言う。

「あのー、そもそも、志貴さんを疑ってるの、先生だけですから。

 早希さんも、ひょっこり出てくるかもしれませんし。
 そもそも、そっちは事件でもないかもしれません。
 諦めずに、明日も探してみましょう」
と深鈴は言った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

先生、それ、事件じゃありません2

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。 2話目。

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

愛情探偵の報告書

雪月 瑠璃
ミステリー
探偵 九条創真が堂々参上! 向日葵探偵事務所の所長兼唯一の探偵 九条創真と探偵見習いにして探偵助手の逢坂はるねが解き明かす『愛』に満ちたミステリーとは? 新人作家 雪月瑠璃のデビュー作!

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

歪像の館と消えた令嬢

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽(しんどう はね)は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の親友である財閥令嬢、綺羅星天音(きらぼしてんね)が、曰くつきの洋館「視界館」で行われたパーティーの後、忽然と姿を消したというのだ。天音が最後に目撃されたのは、館の「歪みの部屋」。そこでは、目撃者たちの証言が奇妙に食い違い、まるで天音と瓜二つの誰かが入れ替わったかのような状況だった。葉羽は彩由美と共に視界館を訪れ、館に隠された恐るべき謎に挑む。視覚と認識を歪める館の構造、錯綜する証言、そして暗闇に蠢く不気味な影……葉羽は持ち前の推理力で真相を解き明かせるのか?それとも、館の闇に囚われ、永遠に迷い続けるのか?

処理中です...